「SA」方式の5G普及で、AIの出番が増える

 通信事業は国のインフラなので、ガバナンスが非常に重要で、品質保証の意味でもプロセス管理が重視されます。

 ただ、楽天モバイルは、ネット企業としてのカルチャーも取り込みながら、新しい体験価値の創造にチャレンジしていますね。たとえば、外部パートナーと5Gネットワークを活用した新たなサービスの共創に取り組む「楽天モバイルパートナープログラム」は、その象徴だと思います。

益子 「楽天モバイルパートナープログラム」は、5Gのビジネス開拓の取り組みで、楽天モバイルが正式に5Gの商用サービスを開始する前の2020年3月から展開してきました。5Gネットワークを活用して何ができるのかを、企業だけでなく、地方自治体、大学、研究機関の皆さんと一緒に考えていこうというものです。

益子 宗楽天モバイル
5Gビジネス本部
ビジネスソリューション企画部 部長

2008年 筑波大学大学院システム情報工学研究科にて博士(工学)を取得。同年、楽天グループの楽天技術研究所に入所し、コンピュータビジョンやHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)の研究領域のマネージャーを歴任。2016年よりテーマ型研究室として『未来店舗デザイン研究室』を設立、「楽天×筑波大学 特別共同研究事業:未来店舗デザイン研究事業」として事業化。2019年より筑波大学芸術系教授に着任。デザイン思考やIoT、AI技術を活用した顧客体験、店舗システムの研究開発に従事。現在は楽天モバイルにて、5Gを活用したサービス企画や領域横断的なオープンコラボレーションを推進している。

田中 実証実験は楽天グループの持つアセットの活用、パートナー企業とのコラボレーションなど多岐にわたっています。たとえば、ヴィッセル神戸のノエビアスタジアム神戸での試合で、スマートフォンやAR(拡張現実)グラスを使ったARアプリの実証実験を行ったり、楽天イーグルスのファンイベントで5Gを活用したリモートタッチ会を開いたりするなど、さまざまな実証実験を行っています。

 お二人が所属するビジネスソリューション企画部は、具体的なユースケースにつながるR&Dから実装までを行う組織なんでしょうか。

益子 我々のミッションとしては、5Gの新しいユースケースを見つけて、マネタイズにつなげるという部分がもちろんあります。ただ、マネタイズに直結するような施策だけでなく、いろいろな気づきを得たり、技術検証を兼ねていたりする部分もあります。実証実験などの中で技術的な制限も見えてくるので、そうした知見を技術部門と共有しています。

 5Gの「高速大容量」「超低遅延」「多数同時接続」という特性を視野に入れた案件が多いのですが、それら全部をすぐに実現できるわけではありません。すぐにはできないけれど、将来伸びていくようなサービスであれば、そこに投資すべきですし、そうでなかったら、いまは違う領域のサービスを優先しようという判断材料にもなっています。

 「楽天モバイルパートナープログラム」では、なるべく多くのパートナーに入ってもらってユースケースの裾野を広げていくことが主眼なのですか。あるいは、少数精鋭でエッジの効いたユースケースをつくり上げていくのでしょうか。

田中 いま、第3期のパートナー募集を始めたところですが、第1期、第2期は間口を広げて「何でもアイデアを持ってきてください」というスタンスでした。第2期までで、技術検証や実証実験からどのあたりが現実的で、今後伸ばしていくならどの領域なのかということが見えてきたので、第3期に関してはある程度、領域を絞りつつ、並行して中長期目線のプロジェクトにも取り組んでいきます。

 具体的にはどのようなプロジェクトになりますか。

田中 ノエビアスタジアム神戸と楽天生命パーク仙台において、かなり安定したレベルでミリ波帯の5Gエリアを構築できているので、第3期については、そのロケーションでできるスポーツ・エンターテインメント領域の新しい体験の創出にフォーカスして募集をかけているところです。

 中長期については、アカデミックなパートナーと組んで共同研究を行います。5Gを使ってユーザー体験をどう変えていけるのか。1~2年のスパンで取り組みます。

田中由紀楽天モバイル
5Gビジネス本部
ビジネスソリューション企画部
グループコーディネーション課 課長

組み込みエンジニアを経て2001年楽天グループ入社。コンシューマ向けサービスの設計開発・運用、プロダクトマネジメント・組織マネジメントに関わる。2013年に楽天技術研究所に異動し、主に画像処理・HCI領域の研究のサービス化、プログラムマネジメントを担当。2021年より楽天モバイルにて5Gを活用したサービス企画や領域横断的なオープンコラボレーションを推進している。

益子 長期についていうと、主にBeyond 5Gや6Gと呼ばれる領域になります。当社では米AST SpaceMobileと低軌道衛星を使ったモバイルブロードバンドネットワークを構築するプロジェクトを進めていますが、それが実現すると日本の国土面積の100%をカバーすることが可能になります。そうすると、いままで通信ができなかった山岳や海洋といった場所においても、新しいユースケースが生まれます。

 5Gの特性を最大限に活かすためのマルチアクセスエッジコンピューティングの案件もあります。エッジサーバーをどこに置くのかはユースケースに依存しますし、運用効率や電力消費などのコストとの兼ね合いで誰が運用するのかという問題もあります。これに関しては、東京工業大学と連携し、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)のBeyond 5G研究開発促進事業として、東工大の大岡山キャンパス内に5Gの基地局を設置し、共同で実証実験を行っています。

 日本の5G通信サービスは、既存の4Gネットワークを組み合わせた「NSA」(ノン・スタンドアローン)方式で、総務省の予測では今年(2022年)ぐらいから徐々にフル5Gといえる「SA」(スタンドアローン)方式に移行すると見られています。

 SA方式になれば、(ネットワーク層を仮想的に薄切りにする)「ネットワークスライシング」が可能になり、リッチな映像コンテンツの配信に留まらず、超低遅延や多数同時接続の特性を活かした遠隔制御や自動運転、IoTなどの実装が進んでいくといわれていますね。

益子 いずれSA方式に切り替わっていくと思いますが、5Gを普及させるためには、まだまだ基地局を設置する必要があります。当面は4Gと5Gをうまく組み合わせてエリアを構成するNSA方式が主流となります。

 ご指摘の通り、NSA方式で可能なのは高速大容量だけで、低遅延や多数同時接続についてはSA方式が欠かせません。SA方式が普及すれば、5Gの特性を活かした本格的なサービスがどんどん社会実装される可能性が広がります。

 SA方式が普及すれば、利便性やエンターテインメント性を超えて、社会インフラを支える基盤としての役割も期待されます。5Gネットワーク上で流通しているデータ量も桁違いに増えていきますから、いろいろな形でAI技術を活用していくことも必要になると思います。