「三方よし」は永続性という目的に直結している

三室 3つの特徴のなかで印象的なのが他国商いです。商売を行う場所の人たちにとって、近江商人はあくまでも「よそ者」ということなのですね。

末永 よそ者として、地縁も血縁もないところで市場を開拓しなければいけない。自分だけ儲けるという姿勢、あるいは「あいつらは儲けを全部近江に持って帰っている」と思われるようでは、商売は長続きしません。近江商人が書き残したものには、「薄利」という言葉がよく出てくるのですが、それは儲けなくてもいいということではなく、利益は薄くても、信頼を獲得するのが先だ、という精神です。そして、その商売は一度きりではなく、毎年、同じところに出向きます。同じ場所に通って地域が必要とするものを届け、信頼を積み重ねていく。こうした商売を15年以上続けて、ようやく他国に出店を開くというパターンが多いのです。

三室彩亜
Saia Mimuro
デロイト トーマツ コンサルティング/モニター デロイト
執行役員/パートナー

長期的な環境変化「メガトレンド」を起点としたビジョンや経営戦略、事業計画、新規事業等の立案、リスクマネジメントなどのコンサルティングを専門とする。未来洞察のみに終わらず、シナリオプランニングやモニタリングにより、柔軟で実効性ある戦略とすることを重視する。さらに、インテリジェンス機能の設計や、リーダー育成によって、組織のケイパビリティを高めている。

三室 近江商人の三方よしには、マルチステークホルダーへの貢献の意識はもちろん、複式簿記原理の勘定記帳のような合理的な経営感覚と長期的なサステナブル経営といった考え方が融合しているように感じます。サステナブルというと今風ですが、何百年も前から近江商人はそれを実践していたのですね。

末永 苦労して育てた事業を子孫に引き継ぎたいという願望は切実です。「続くこと」それ自体が目的と言っても言いすぎではないと思います。

三室 永続性という目的のためには、買い手や世間のことも考えなければならない。近江商人が三方よしを大事にするのは自然なことであり、目的と直結する必然性があったということですね。だからこそ、三方よしを熱心に実践したのでしょう。それは単なるお題目ではなく、切実な思いが込められていたということで、そこにはいまの企業が学ぶべきものもあるように思います。自社が掲げるパーパスや存在意義といったもののなかに、どれだけ必然性や切実さが込められているのか。あらためて考えてみる必要があるかもしれません。

末永 かつてプロ野球の長嶋茂雄選手が引退するとき、「巨人軍は永久に不滅です」と言いました。商人に限らず、「自分が所属した組織が長く存続し繁栄してもらいたい」という願いは人間性の奥深いところに根差しているように思います。