アナログな行動から生まれたデジタル改革

宮下 JリーグにはJ1からJ3まで多くのクラブがあります。会議で出された意見を調整するのも大変だと思いますが、その前に、何を議題とするかでも紛糾しそうです。各クラブとの関係づくりという観点では、どのような取り組みを行ったのでしょうか。

宮下 剛
Go Miyashita
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員 Chief Marketing Officer/Sports Business Group リーダー

約30年のコンサルティング経験を有し、CRMを専門領域として戦略立案からデジタル変革まで業界横断的に手掛ける。近年はCRMの知見を活かした社会課題解決やスポーツビジネス、元スポーツ選手のキャリアチェンジ開発などにも取り組む。早稲田大学大学院非常勤講師、早稲田大学グローバル科学知融合研究所招聘研究員を兼任。

村井 当時はJ1からJ3まで計51クラブあり(2022年シーズンでは58クラブに増加)、まずは全国のクラブを回ってみることにしました。クラブの経営者と話をし、クラブハウスや練習場を見て、地元自治体の知事や市長にも会います。夜にはサポーターの集まる居酒屋に顔を出します。1クラブ当たり2、3日かかるので、週に2クラブを訪問するようにして、半年でようやく全クラブを回ることができました。その間、Jリーグのオフィスにはほとんどいませんでしたが(笑)。

宮下 やはり現場を見ると違いますか。

村井 やってよかったですね。会議でどこかのクラブの話題が出ても、現地に行っているのでだいたいのことは理解できます。二つとして同じクラブがないこともよくわかりました。それぞれのクラブがユニークな存在です。それだけに、各クラブの意見はばらばらで、会議ではそれぞれが自分の都合で話し始める。最初は、共通アジェンダが見つかりませんでした。全クラブを回って気づいたのは、どのクラブにも卓越したデジタルエンジニアがいないことです。そこで、ネットでグッズやチケットなどの販売を行う共通プラットフォームをつくり、各クラブが利用するスキームを提案。理事会では全会一致で承認されました。当時のJリーグの状況からすれば小さな一歩かもしれませんが、それも各クラブとの信頼関係があったからこそ可能になった改革だと思います。

宮下 全クラブを見て回ったのは、関係者の信頼を獲得するための道のりでもあったのでしょう。言わばアナログ的に足を使って全国を回ったからこそ、デジタル活用への洞察を得ることができた。非常に示唆的なエピソードだと思います。村井さんのチェアマン時代に、Jリーグは大きな変貌を遂げました。デジタル活用もその一環だと思いますが、Jリーグ改革に至る道筋についてお聞かせください。

村井 私はよく「生業(なりわい)」という言葉を使います。たとえば、A銀行とB銀行の行風は違いますが、金融に携わる組織として共通する文化があります。それは、おそらく「秩序を守る」といった公共性への貢献の意識でしょう。また、トヨタや日産、日立といった日本を代表する製造業の多くがプロサッカーをはじめ、ラグビーやバスケットボールなどのチームスポーツを支援しています。意識的かどうかはともかく、そこにはチームワークを大事だと考える製造業のメンタリティが反映されているような気がします。