2022年4月に日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のチェアマンを退任した村井満氏。もともとはリクルートで人事のエキスパートとして活躍しており、スポーツビジネスはまったくの畑違いだったが、2014年の就任以来、デジタル面を含めてさまざまな改革を実行。見事に成長軌道への修正を果たした。改革の柱ともなったのが、隠し事をしない、失敗を恐れない「天日干し経営」だ。組織内外との信頼の構築という側面を含めて、改革のポイントについて、書籍『パワー・オブ・トラスト』の共著者の一人であるデロイト トーマツ コンサルティング執行役員の宮下剛氏と対談を行った。
第1回 「三方よし」に込められた切実な思い――企業が信頼される条件を近江商人から学ぶ
スピーディな試合を心がける小さな意識改革から着手
――まずは、Jリーグとの関わりやチェアマン就任当時の状況についてお聞かせください。
村井 私自身、高校時代にはサッカー部に所属していましたが、プロ経験はありませんし、プロサッカークラブの経営者や職員をしたこともありません。ふとした縁で理事となり、Jリーグの毎月の理事会に出席するようになりましたが、プロサッカーリーグの経営という面ではほぼ素人でした。私がチェアマンに就任した時、サッカー界では「村井って誰?」という感覚だったと思います。当時のJリーグは、人気面だけでなく、財務的にも苦しい状況に置かれ、積み上げてきた剰余金が底を突こうとしていました。

Mitsuru Murai
ONGAESHI Holdings 代表取締役
前 日本プロサッカーリーグ チェアマン
1959年生まれ、埼玉県川越市出身。1983年早稲田大学法学部を卒業後、日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社。同社執行役員、リクルートエイブリック(現リクルートキャリア)代表取締役社長などを歴任。2014年1月に5代目Jリーグチェアマンに就任。4期8年の任期を終え現在はJリーグ名誉会員。
宮下 じつは、Jリーグも私たちデロイト トーマツ コンサルティングも来年(2023年)30周年を迎えるという共通点があります。デロイト トーマツ グループとしては、Jリーグの各クラブのビジネスマネジメントを分析した「Jリーグ マネジメントカップ」を毎年発表しているのですが、それが始まったのが、ちょうど村井さんが就任した2014年です。当時Jリーグはさまざまな課題に直面していたと思いますが、チェアマン就任後、まず、どこから手をつけたのですか。
村井 サッカーの試合観戦をもっと楽しくしたいと考え、関係者にいくつか要望を伝えました。試合が間延びすると観客はどうしても退屈します。そこで、「選手交代をスピーディに」とか「コーナーキックなどのリスタートを早く」などのお願いをしたのですが、クラブの人たちからは「これだから素人は困る」と失笑されました。
宮下 「いまそうなっている」のは理由があってのことだと現場は考えがちです。それが妥当な理由なのか、それとも単に変えることが嫌なのか。経営者の眼力が問われます。
村井 そこで、ファクトファインディングです。2014年6月から7月に開催されたブラジルW杯の全試合について、コーナーキックに要した時間を計測しました。Jリーグでも2014年の開幕から3カ月半ほどの全試合で同じことをしました。その結果は、W杯では26.6秒、Jリーグでは30.6秒と、日本のほうが4秒長かった。考えてみると、素早いリスタートは理にかなっています。攻めている側がコーナーキックをもらうのですから、守備陣形が整う前に蹴ったほうが有利です。W杯の後にも計測を続けるうちに、次第にリスタート時間は短縮されました。
宮下 ファクトを示して説得する。正攻法ですね。ただ、試合のテンポがよくなっても、効果が表れるまでには時間がかかりそうです。
村井 最初のステップというか、これは小さな意識改革です。計測しながら改善し、磨いていこうという習慣づけはできたのではないかと思っています。