魚と組織は天日にさらすと日持ちがよくなる

――多くの経営者が「失敗を許容する組織文化をつくりたい」と言いますが、それを実践するのは容易ではないと思います。

村井 コロナ禍が広がっていた時期、私は週1、2回のペースで記者会見を行いました。数万人の観客が入るサッカースタジアムで、感染が拡大すれば最悪の事態です。開催の有無や見通し、選手の感染対策など、さまざまなテーマについて記者の質問に答えました。想定問答は用意せず、毎回“手ぶら”で臨みました。「失言してはまずい」「生煮えの情報は出せない」といった理由で、このような場を避ける経営者もいるかもしれませんが、私は年間71回の記者会見に出席しました。失敗すれば後で修正すればいいし、質問に対してチェアマンが「わからない」と答えるのも一つの情報です。プライバシーなどに関わる情報は別ですが、基本的には隠さずに情報を公開しました。メディアで叩かれることもしばしばありましたが、自分たちに問題があるとわかれば直せばいい。そんな気持ちでした。

宮下 「正しい情報」にこだわるのではなく、間違いを前提にしつつ問題があればそれを認めて修正する。そうしたトップの姿勢は、Jリーグの職員やメディアの記者にも伝わるでしょう。おそらく、村井さんへの信頼感はより厚いものになっただろうと思います。

村井 トップが失敗してみせることは大事だと思います。自分はできる限り失敗を回避しながら、部下に対しては「どんどん失敗しろ」と言うトップもいると思います。ただ、それでは部下は安心して失敗できないのではないでしょうか。

宮下 ただ、トップが失敗できること、できないことがあります。村井さんはそこを見極めたうえで、失敗を含めて組織のトランスペアレンシー(透明性)を大事にしているのでしょう。そして、失敗を次のチャレンジ、さらに成功へのステップにしていく。そんなリーダーシップが、現場のトップへの信頼、組織の対外的な信頼を高めるのだと思います。

村井 この時代、隠し事をしてもすぐにばれます。仮にばれなかったとしても、その隠し事はやがて組織そのものを腐らせる原因になるでしょう。魚と組織は天日にさらすと日持ちがよくなります。私の言葉でいうと、「天日干し経営」を実践してきました。

宮下 村井さんのお話を聞くと、経営スタイルの根底に確固とした土台があるのを感じます。それはパーパスといってもいいでしょう。Jリーグが何のために存在し、何を目的として運営されているのか。揺るがない土台があるから失敗を恐れない、隠し事をしない。「パーパスに支えられている」との確信があるから、勇気のいる決断や大胆なチャレンジができるのでしょう。

村井 当時はまだパーパスという言葉はあまり使われていなかったのですが、Jリーグは3つの理念を掲げていました。「サッカーの水準向上や普及促進」「国際交流」は当然のことですが、もう一つ「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」という一文があります。何らかの判断を迫られた時は、常に理念に立ち返るよう心がけました。3つの理念に寄与する度合いが高い施策の優先度は高くなります。

宮下 Jリーグのパーパス、その生業としての本質を考え抜くこと、それがコロナ禍での果断な対応やさまざまな改革につながっているのですね。チェアマン退任後、これからの抱負をお聞かせください。

村井 2022年4月にONGAESHI Holdingsを設立し、地域経済の活性化に取り組んでいます。天日干し経営のエッセンス、リクルートとJリーグで学んだことを世の中に伝えていきたいと思っています。

宮下 これからもチャレンジは続きそうですね。本日はありがとうございました。

〈DTCからの提言 2022〉 パワー・オブ・トラスト――未来を拓く企業の条件
デロイト トーマツ コンサルティング 著

<内容紹介>
21世紀の企業経営は、格差拡大、地球環境問題、大規模災害、新型コロナウイルス感染症などの世界共通の危機が顕在化したことで大きく揺さぶられている。また、労働環境の劣悪さやサプライチェーンの脆弱性から「企業に対する信頼」が一夜にして崩れる例は後を絶たない。企業経営は「信頼に足る行動を伴うかどうか」で判断されるのだ。 「信頼できる企業」と認めてもらうには、「あまねくステークホルダーの期待に応えるための事業運営ひいては企業経営を行う」というきわめてシンプルな原則を組織に浸透させるしかない。そこで本書は、戦略、事業モデル、顧客接点、サプライチェーン、ファイナンス、IT・デジタル、組織・人材などの機能別に、「信頼される企業経営」を導くための方法を60点に及ぶチャートと共に解説する。