2010年に設立されたベンチャー企業であるモデルナは、新型コロナウイルス感染症のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンをいち早く実用化し、世界的な製薬企業の仲間入りを果たした。同社はmRNA創薬という革命的な技術を用いて、48もの新薬候補の開発を手がけている。
モデルナはなぜ、驚異的なスピードで新型コロナワクチンを実用化することができたのか。また、なぜこれだけ多くの新薬候補の開発を同時に進めることができるのか。「mRNAで人類の健康を築ける」と確信してモデルナの経営陣に加わった鈴木蘭美氏に、デロイト トーマツ コンサルティングの西上慎司氏が聞いた。

病気という不条理をなくしたい

西上 鈴木さんのキャリアは、大学での基礎研究、ベンチャーキャピタル、製薬会社での新薬開発、そして経営者と非常に多彩ですね。

鈴木 私が創薬の世界に入った一番の理由は、病気という不条理をなくしたいという思いからです。そう思うようになったきっかけは、ロンドンでの留学時代、2人の学友が相次いでがんを患ったことでした。当時の抗がん剤は副作用が強い割には治療効果が低く、2人は授業に出られなくなりました。「こういう世の中は間違っている」と怒りさえ覚えました。

 病気は運命だと言う人がいますが、この世に生を受けた人が本来の生をまっとうできないという不条理は、変えるべき運命だと思います。かつては不治の病だとされ、いわれのない差別があったハンセン病や、恐ろしい感染症だった天然痘など、薬で治療、予防できるようになった病気はいくつもあります。

 ですから、たとえがんであっても治療、予防できると信じて、博士号を取得した後、英国のインペリアル・カレッジで乳がんの研究に携わりました。周りには優秀な研究者がたくさんいたのですが、私が目指しているがんの完治という目標にたどり着くには、途方もない時間がかかりそうだということは、研究者としてよくわかりました。

 研究のスピードを遅くしている制約条件の一つは、研究費です。大学としては研究費が豊富だったインペリアル・カレッジですら、研究者が必要とする資金ニーズは満たされていませんでした。

鈴木蘭美Rami Suzuki
モデルナ・ジャパン
代表取締役社長 医学博士

1999年英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンにて医学博士号取得、インペリアル・カレッジにおいて博士研究員として乳がんを研究。ロンドンでベンチャーキャピタル事業に携わった後、エーザイに入社。同社執行役(コーポレートビジネスデベロップメント担当)を経て、2017年よりヤンセンファーマにおいてビジネスデベロップメント本部長、メディカルアフェアーズ部門本部長を歴任。2020年フェリング・ファーマ(日本法人)のCEO 代表取締役を務め、2021年11月より現職。

 そこで、ベンチャーキャピタル(VC)に転職して、ライフサイエンス系のベンチャー企業にR&D(研究開発)資金を供給する仕事に従事することにしました。欧州各国とイスラエルを行脚して、さまざまな大学の研究者や起業家たちに会い、投資をして、いい薬ができるのを見守る。その仕事は面白かったのですが、いいアイデアからいい薬が生まれて、実際に商品化できる確率はけっして高くありませんし、商品化できたとしても10年、15年と長い時間がかかります。一方でVCの投資期間はそれよりも短いので、薬が世に出るまで関わることはなかなかできません。

 薬が患者さんに届くまで見届けたいという思いが募り、ロンドンに拠点があったエーザイ・ヨーロッパに入社しました。そして、第3子がお腹の中にいた頃に、エーザイの東京本社に移りました。エーザイに入ったことで、がんの完治に加えて、認知症の予防が私の新たな目標の一つになり、執行役としてがんや認知症などの領域の事業開発を担当しました。

 その後、(ジョンソン・エンド・ジョンソンの製薬部門)ヤンセンファーマで事業開発と(医療専門家に科学的見地から情報提供する)メディカルアフェアーズの責任者、不妊治療で知られるフェリング・ファーマ(日本法人)のCEOを経て、モデルナ・ジャパンの社長に就任しました。