mRNAワクチンは、科学と医学の革命
西上 モデルナに移られたのは、どのような理由からですか。
鈴木 私の目標であるがんの完治と認知症の予防ができる会社だと思ったからです。直接のきっかけは、かつての上司から「モデルナが日本のトップを探している」と声をかけられたことでした。それで、あらためてモデルナについて調べてみると、mRNAは創薬の世界を変える革新的なものだということがよく理解でき、mRNAで人類の健康を築けるはずだと思いました。
もう一つ、モデルナの共同創業者であるMIT(マサチューセッツ工科大学)のロバート・ランガー教授は私の恩師で、家族ぐるみの付き合いがありました。夫に相談したところ、背中を押してくれたので、モデルナに移ることにしました。
西上 鈴木さんと最初にお目にかかったのはエーザイにいらっしゃる頃でした。個人の健康情報を適切に共有することで、国民の医療や疾病予防、健康増進に役立てる健康情報信託の実現に向けた建白書の取りまとめと総理大臣への提言に、有志メンバーのリーダーとして奔走されていた姿がとても印象に残っています。思いがステークホルダーを惹きつけ、一つの形にまとまった成功例だと思います。

デロイト トーマツ コンサルティング
ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー 執行役員
民間シンクタンクを経て現職。製薬、医療機器メーカーを中心に、マネジメント変革、グローバル組織設計、デジタル戦略・組織構築などのプロジェクトを手掛ける。ヘルスケアの未来像を描いた「データドリヴン・ライフブリリアンス」の監修など、講演・寄稿多数。
病気をなくしたい、予防したいという思いで人を束ねて、新しいことにチャレンジするリーダーというのが、私の鈴木さん像です。モデルナも、新型コロナウイルス感染症のワクチンで一躍世界的な製薬企業の仲間入りを果たしたとはいえ、設立から10年余りのベンチャー企業で、そこに経営陣の一人として参加するのは大きなチャレンジですよね。
鈴木 モデルナについては私なりによく調べました。どんな成り立ちで、どういう理念の会社なのか、一緒に働くことになる経営メンバーはどういう人たちかといったことです。
モデルナの理念や行動指針を表すものとして、「12のマインドセット」というものがあります。その一つが、「私たちは、リスクを受け入れます。大事を成し遂げる、唯一の道として。」で、それを地で行っているのがCEOのステファン・バンセルです。
彼が、モデルナの共同創業者であるヌーバー・アフェヤン(モデルナ会長)からCEO就任を打診された時、「うまくいかないからやめたほういい」と答えたそうです。バンセルは、mRNAを使って体内で薬をつくるというアイデアがうまくいく可能性はせいぜい5%だと思った、と言っていました。
アフェヤンは、「確率は低いかもしれないけど、僕はこの会社を始めるよ。だって、万が一このアイデアを実現できたらすごいと思わないか」と言ったそうです。それを聞いたバンセルは、「成功すれば何百万人もの人生に変化をもたらす可能性がある。成功確率5%でも、そのリスクを負うだけの価値はある」と思い直して、CEOを引き受けたと語っていました。
西上 リスクを受け入れるだけの経営者としての強いパッションが、お2人にはあったわけですね。サイエンティストでもある鈴木さんから見た、mRNA薬のすごさは何ですか。
鈴木 細胞の中に核があり、核の中のDNAの言いなりだった人間に、mRNAを用いて外から指令を出せるというのは、科学、医学の革命です。モデルナのワクチンは、mRNAの指令によってウイルスが持つ特異なタンパク質を細胞の中でつくらせ、それを抗原として体内の免疫反応を誘導するものです。
ウイルスが持つタンパク質をつくり出す遺伝情報がわかれば、mRNAワクチンを設計でき、mRNAを構成する核酸の配列を書き換えれば、変異型ウイルスや異なるウイルスにも対応できます。
世界中で7割くらいの人が少なくとも1回は新型コロナワクチンを接種済みで、その大半がmRNAワクチンです。接種年齢は生後6カ月から100歳以上まで広がっており、薬として大きな土台を築いています。