価値循環の最大の障壁は
リーダーたちの自前主義
こうした「価値循環」のキープレーヤーは企業であると、私は考えます。なぜなら、ビジネスチャンスという可能性を発見し、そこに投資をして価値を生み出し、提供するのは、企業活動そのものだからです。さらに言えば、異質な価値と価値を結び付ける「新結合」によって経済社会を発展させる、つまりヨーゼフ・シュンペーターが定義したイノベーションの主役となってきたのも、ほかならぬ企業だからです。
企業のリーダーが、経済的価値だけでなく社会的価値の創出へと視点を引き上げ、社会的価値の創出を通じて新たな従業員体験や顧客体験といった体験的価値を提供することができれば、組織・企業内外のステークホルダーの行動変容を巻き起こし、価値共創のサイクルとその連鎖を生み出すことは十分に可能です。
社会的価値創出への投資は、人財価値や経済的価値として必ず自社に循環してきます。たとえば、昨今話題となっている人的資本投資がそうです。社員のスキルアップに投資し、成長の場を提供すれば、社員のエンゲージメントが上がり、価値創出の可能性が高まります。そうした社員が増えるほど、ジョブマーケットでの評価が高まり、成長機会を求める人財がその企業に集まってきて、持続的な成長へとつながり、そこで得た経済的価値をさらに社員のスキルアップに投資していくという循環につながります。

外資系コンサルティングファームでの日本、米国勤務を経て、アビームコンサルティング入社。総合商社、金融、通信、エネルギー、運輸を中心に幅広い業界で戦略策定、経営・業務・IT改革などを担った後、金融・社会インフラビジネスユニット長に就任。2016年取締役を経て、2020年4月より代表取締役副社長。
あるいは、サーキュラーエコノミー型の製品・サービスを開発し、それを消費者に愛用してもらうことができれば、ブランド価値が高まり、開発に関わった社員の人財価値を高め、経済的価値の獲得や資本市場からの評価などの企業価値向上につながり、そこで得た経済的価値を新たな製品・サービスの開発に再投資することができます。このように社会的価値創出への投資は、人財価値や経済的価値を含む企業価値向上へと循環し、そこで得た経済的価値を新たな社会的価値創出の投資へと循環させ、社会と企業の持続可能性を高めていくのです。
こうした価値循環を構築していくうえで、最大の障壁となっているのが自前主義です。自前主義は多様性を排除します。多様性のないところに、価値の共創は生まれません。
多様性には、国籍やセクシュアリティなどに加えて、世代や専門性、スキル・能力の多様性も含まれます。日本社会に多様性が失われているかというとけっしてそんなことはなく、自分の成功体験や考え方に固執しがちなリーダーたちの自前主義が、価値共創の機会損失を生じさせているのです。
私は先日、大学生たちがゼミの課題をオンラインで話し合っている様子を、たまたま目にする機会がありました。テーマは、ある社会課題の解決についてでした。新鮮な驚きだったのは、課題の洗い出しが上手な学生、ファシリテーションがうまい学生、関連情報をリサーチして議論の材料を提示することに長けた学生、みんなの議論を整理してチームとしての課題解決の方向性を導き出す学生など、それぞれの得意領域を組み合わせた建設的な議論がデジタルを活用しながら行われ、プロジェクトのロードマップにまで落とし込まれていくことでした。
その様子を見ながら私は、Z世代といわれる若者たちの未来に大きな可能性を感じると同時に、「この学生たちが社会に出た時、組織のリーダーたちは彼(彼女)らの柔軟な発想と機敏な行動力を受け入れ、変革の取り組みの中で活かし、成長の機会を与えることができるだろうか」という不安が胸をよぎりました。
組織のトップから部門長、そして現場のチームリーダーまで、すべてのリーダーたちは、「自前主義に陥っていないか」「価値共創の芽を摘み取っていないか」、それを自問してほしいと思います。自前主義を排し、価値共創による挑戦を支援、奨励、評価する新たな企業・組織の風土づくりから、価値共創サイクルの第一歩が始まります。