サマリー:ヘルスケア領域の産学連携の成功事例として注目される、弘前大学COI拠点。拠点長である村下公一氏に、イノベーション創出の要諦とCOI拠点としての進化の道筋を聞いた。

弘前大学医学部を中心とするCOI(センター・オブ・イノベーション)拠点は、ヘルスケア領域における産学連携の大きな成功事例として国内外から注目されている。2022年10月には、文部科学省・科学技術振興機構(JST)が新たにスタートさせたCOI-NEXTプログラムにも採択され、「ヘルスケアデジタルツイン」の構築に挑むなど、さらなる進化を遂げようとしている。

約80の民間企業や大学などが共同研究に取り組むこのCOI拠点を、プロジェクトリーダーとして牽引する弘前大学教授の村下公一氏に、オープンイノベーション成功のポイントと今後の進化の道筋について、モニター デロイトの波江野武氏と平山敦士氏が聞いた。

1000人×3000項目の超多項目健康ビッグデータ

波江野 弘前大学では2005年から、毎年約1000人の弘前市民を対象とした大規模な健康調査を続けておられます。その取り組みをきっかけに、2013年には文部科学省のCOIプログラム(*1)に採択され、産学連携の大きな成功事例として全国から注目を集めています。まずは、プロジェクトが始まった経緯について教えてください。

*1:正式名称「革新的イノベーション創出プログラム」(COI STREAM)。10年先の目指すべき社会像を見据えた産学連携のイノベーションプラットフォームの整備を、最長9年間にわたって支援する制度。
 

村下 弘前大学がある青森県は、ここ数十年にわたって男女とも平均寿命が全国最下位、日本一の短命県という大きな社会課題を抱えています。これは働き盛り世代の死亡率の高さなどに起因するもので、背景には不適切な生活習慣が関与していると考えられます。

 地元の大学の医学部としてこの社会課題の解決に貢献したいと考え、中路重之先生(弘前大学大学院医学研究科特任教授、同大学健康未来イノベーションセンター長)が中心となって、2005年に「岩木健康増進プロジェクト」を始めました。弘前市岩木地区の住民を対象に大規模な合同健康診断(岩木健診)を定期的に行い、蓄積された膨大なデータをもとに病気の予兆把握、予防法の開発、社会実装、行動変容までトータルに取り組んでいます。

 当初は600項目のデータから始めたのですが、血液や唾液、尿などから取る一般的な生理・生化学データに加え、ゲノムデータ、体力や運動機能、社会環境に至るまで現在は3000項目に及ぶ幅広いデータを蓄積しており、世界的にも類例のない健康ビッグデータとなっています。

 そこから得た知見を地元住民や社会へと広く還元することを目指してきたわけですが、2013年に政府のCOIプログラムに採択されてから、より広範な産学連携がいっきに加速しました。現在は多様な業種の民間企業や大学など約80の機関が、弘前大学COI拠点で研究課題に取り組んでいます。

波江野 高齢化に伴って健康寿命の重要性がますます高まっていく中で、健康ビッグデータの蓄積と研究活用は非常に社会的意義が大きいと思います。

 岩木健診では、医師を含む約300人の医療系スタッフが連続10日間ほどにわたり、1日当たり約100人の検査を行うと伺いましたが、受診者1人当たり平均して5〜7時間かかるそうですね。それだけ時間のかかる健診に住民が前向きに参加している要因は何ですか。

村下 地元の医学部として地域住民の皆さんの健康づくりに貢献していこうという我々の活動の趣旨を理解していただいていることが大きいと思います。

村下公一
Koichi Murashita
弘前大学
教授
健康未来イノベーション研究機構長
医学研究科附属健康未来イノベーションセンター 副センター長
青森県庁、ソニー(マーケティング部門)、東京大学フェローなどを経て、2014年より現職。弘前大学COI(センター・オブ・イノベーション)拠点では副拠点長(戦略統括)として産学連携マネジメントを統括。COI-NEXTでは拠点長(PL)として全体を統括。文部科学省ほか政府系委員等多数。専門は地域産業(イノベーション)政策論、社会医学。弘前大学COIは、内閣府「第1回日本オープンイノベーション大賞」内閣総理大臣賞(2019年)、第7回プラチナ大賞・総務大臣賞(同)、第9回イノベーションネットアワード・文部科学大臣賞(2020年)などを受賞。

 年に2回は住民向けの報告会を開催しており、そこで健康ビッグデータの平均的な状況やその変化などについて報告すると同時に、大学病院の各専門医がブースを設けて、個人の健康上の悩みについて相談に乗り、ていねいにアドバイスしています。健診当日にも、基本的なデータについてはすぐにフィードバックし、医師や保健師などが住民一人ひとりにアドバイスするようにしています。