COI拠点としての組織文化醸成で、「知の新結合」を促す

平山 私が非常に興味深いと思ったのは、50社に及ぶ企業に加えて、他大学も広く参画されていることです。弘前大学を中心としながら、大学間での役割分担はどのようにしていらっしゃるのでしょうか。

村下 互いの強みを活かしながらアライアンス関係を戦略的に構築してきました。

 弘前大学の強みは地域住民との距離の近さです。地方大学には概してそういう強みがありますが、特に我々の場合は岩木健康増進プロジェクトを通じて、住民との厚い信頼関係を築いてきましたので、健康ビッグデータを集める活動をスムーズに進めやすいのが強みです。

 一方で、ビッグデータの解析に関しては我々が十分なリソースを持っているわけではありませんので、京都大学、東京大学、東京大学医科学研究所、名古屋大学、東京医科歯科大学などの生物統計、臨床統計、人工知能(AI)の第一級の専門家がタスクフォースを結成して、解析に当たっています。リーダーは、スーパーコンピュータを使った医療ビッグデータ解析やAI創薬で知られる、京都大学の奥野恭史教授にお願いしています。

 糖尿病をはじめ20種類以上の主要疾患の発症を高精度で予測できるAIモデルや、個人の健診データに基づき一人ひとりに最適で効果的な健康改善プランを提案するAIの開発など、データ解析から数多くの成果が生まれています。

平山 全国各地で実施されているコホート研究をはじめとする各種の健康・医療データとの連携も推進されていますね。

平山敦士
Atsushi Hirayama
モニター デロイト
シニアコンサルタント
医師、公衆衛生学修士。循環器・救急領域の急性期医療の臨床経験のほか、アカデミアでの研究、教育や行政機関での経験を有する。モニター デロイトでは国内外でのヘルスケア新規事業戦略を中心としたプロジェクト経験を持つ。

村下 弘前大学を含む5大学が連携しています。1960年代から半世紀以上にわたって住民の免疫学調査を行っている九州大学の「久山町研究」、100歳以上の住民の割合が全国平均の3倍以上といわれる京丹後市で京都府立医科大学が続けている「京丹後長寿コホート研究」、和歌山県立医科大学「わかやまヘルスプロモーションスタディ」、沖縄・名桜大学の「やんばる版プロジェクト健診」と、データ連携基盤を構築しています。

 健康には地域差もありますので、5大学が連携することで地域の特徴を比較分析することができます。

 また、同じプロトコル(実施要綱)に基づくデータの収集にも取り組んでおり、かなりのサンプル数がたまってきました。これによって、相互補完的な連携解析がさらに進んでいくと思います。

平山 私も以前はアカデミアの側で研究に携わっていたのですが、弘前大学COIのような総合的で広範囲なオープンイノベーション・プラットフォームにアカデミアの研究者が参画するメリットは何でしょうか。

村下 アカデミアの世界にこもって研究論文を書くことだけに専念していると、外の世界の人たちと話す機会があまりありませんが、弘前大学COIでは他の大学の異なる領域の研究者や企業の人たちと多くの接点があります。

 イノベーションというのは、異なる知の新結合によって生まれるものですから、弘前大学COIでいろいろな分野の人たちが混じり合うことによって、想定しなかった意外な連携が始まり、そこから新しい価値が生み出されていく。私自身、そういう場面を何度も見てきました。

 弘前大学COIには、一般的な視点で見ると競合同士といえる企業も参画していますが、ふだんは混じり合うことがない人たちがオープンに混じり合うからこそ、新たなイノベーションが生まれるのだと思います。

波江野 ふだん混じり合うことがない人たちが混じり合うことによるイノベーションとはすばらしいと思います。私たちは、ヘルスケアのイノベーションの領域で論点を出す際に「MERITS」というフレームワークを用いており、座組み・コラボレーションはStakeholderの「S」という枠をつくって議論するくらい重要なテーマだと思っていますし、同時に難しいテーマでもあります。たとえば、これだけ多くの企業が参画していると、共同研究に対するモチベーションや熱意に一定の温度差が生じることはありませんか。

村下 参画するからにはビッグデータを活用した具体的な研究テーマを持ち、プロジェクトにしっかり貢献してくれる企業だけを選んでいますし、月に1回は自分たちが取り組んでいる研究内容について拠点全体会議で発表してもらっています。

 物理的な環境も含めて企業同士の壁をつくらず、研究内容もオープンにする環境づくりを心がけています。そういう環境に慣れていない企業は、最初のうちはどこまで情報をオープンにしていいのかと戸惑うこともありますが、お互いの情報を出し合うことで、新たな化学反応が生まれたり、新しい研究プロジェクトが始まったりすることが結構あります。

 ある意味、一つの組織文化をつくるプロセスと同じで、情報やデータを共有し合いながら、新しい研究成果をどんどん生み出すことが非常に重要じゃないかと思っています。

波江野 たしかにそうですね。ただビッグデータがあるというだけでは価値は創出されず、連携の動機付けになるビジョン、加えて連携を促進する文化や仕組みがなければ、革新的な成果にはつながらないと思います。