変革のために大事なのは「what」よりも、「who」
波江野 たとえば、健康寿命を延ばすといった社会課題を解決していくためには、一人ひとりが自分の健康にとって適切な行動を継続的に取ることが重要で、その点については、これまで十分な成果を社会は生むことができていなかった気がします。AIはそこで大きな効果を発揮できるのではないでしょうか。
羽間 行動変容の第一歩は、自分の状態を測定し、定量化・可視化することです。体重計に乗って、自分の体重が増えすぎていることがわかれば、節制したり、運動したりするのと同じように、いろいろなデータを測定し、AIで可視化していくことで、行動変容につながるはずです。

エクサウィザーズ 執行役員
Care & Med Tech事業部 事業部長
京都大学工学部物理工学科卒、情報学研究科修了。2015年A.T.カーニーに入社し、製薬・医療機器・自動車・重工業・電子電機・消費財・総合商社などの業種にて、国内外の事業戦略立案と事業開発の協業、データを活用したオペレーション改革、企業再生等に従事。2018年エクサウィザーズ入社、社長室で医療・ヘルスケア領域の事業を立ち上げ、同年10月MedTech部長、2021年4月に執行役員に就任し、医療・介護・ヘルスケア領域の事業責任を担う。
そのためにはユーザーの負担にならず、習慣的にデータを取れるようなUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)が大切です。データが蓄積されてくると、AIによる分析や予測の精度が上がります。そこから得られた示唆によって適切なアドバイスを続けていけば、行動変容を継続化できると思います。
波江野 おっしゃるように可視化がゴールではなく、それを第一歩としながら健康状態の予測やアドバイスなど、何らかの働きかけによって正しい選択を促すことがカギですね。
羽間 そのためには、可視化の仕組みを構築するチームと、介入策を立案・実行するチームがワンチームになって取り組むことが大事だと、我々は考えています。たとえば、我々はピラティス・ヨガの専門スタジオを全国100カ所以上展開するZEN PLACEさんと共同で、AI動画解析技術を活用し、背骨一つひとつの動きを解析するシステムを開発しました。
ピラティス・ヨガは背骨周りとインナーマッスルを使うことに効果の秘訣があり、動きの質や正確性が求められることから、正しく効率のいい動きをサポートするために開発したものです。この「背骨ムーブメント解析」のほか、今年(2023年)春に骨盤の動きを解析するシステムも導入される予定ですが、レッスンの際にこれらのシステムを活用しながら正しい動きを指導するのは、スタジオのトレーナーさんたちです。
波江野 まさに誰とどのように協調して価値創出するかという座組みが、すごく大事ですよね。私たちは、「MERITS」と呼ばれる独自のヘルスケアに関するフレームワークの中で「S」としてステークホルダーの重要性を語っていますが、ステークホルダーとコミュニケーションしながら仕組みをつくって、ユーザーのフィードバックを取り入れて改善を続けることで、行動変容の効果が高まっていくものだと思います。
羽間 その通りです。ですから、我々はエンジニアもビジネス(事業開発)のメンバーも、必ず現場に行くことにしています。背骨ムーブメント解析の例で言えば、我々のメンバーが実際にZEN PLACEのスタジオでレッスンを受けて、トレーナーさんたちの専門的な視点や知識を取り入れながらAIシステムを設計しました。
AIを開発し、サービスに実装して、実際にユーザーに使ってもらい成果を出すという一連のプロセスを、ドメイン知識を持つクライアントやパートナー企業と常に協働しながら進めていくのが当社のやり方です。
波江野 パートナーシップを組むための要件として御社が大事にしていることや、パートナーに期待していることは何ですか。
羽間 誤解を恐れずに言えば、我々はいつも「新しいこと、面白いことがしたい」という思いがあって、会社としても一人ひとりの好奇心をとても大切にしています。ですから、そういう思いを共有できる人たちと協業したいですね。
「両利きの経営」で重要視される知の「深化」と「探索」のうち、深化だけやっていると、既存事業の効率化はできても、縮小均衡になってしまい、イノベーションや新しい事業は生まれないと思います。探索によって新しいこと、面白いことに取り組んで企業を変革したい、ビジネスをスケールさせたいというアスピレーション(熱望、野心)が我々にはあります。
波江野 新しいことに取り組むのはリスクがありますし、生半可なことではイノベーションは起こせません。野心的な目標を達成するには、リーダーを含めてステークホルダーの熱量の大きさがすごく重要です。
羽間 課題解決のために何に取り組むべきかは、関係者間の議論を通じて論理的に導き出すことができます。しかし、何のためにやるのかというパーパスを共有できていなかったり、「やり遂げよう」という熱量が不足していたりすると、大きな変革やイノベーションは進みません。
その意味で、何をやるかという「what」よりも、誰とやるかという「who」のほうが、はるかに大事だとつくづく感じます。