複雑系の中で創発型マネジメントを追求
大平 社会課題の解決や「自分らしく生きられる世界を目指す」といったビジョンに向かって価値観や熱量を共有しつつ、実際のプロジェクトではデザインシンキング的にユーザー視点で本質的な課題やニーズを特定し、プロトタイプをつくり、ユーザーのフィードバックを得ながらアジャイル(機敏)にブラッシュアップしていくのが、御社にとって基本的な仕事の進め方ということでしょうか。

モニター デロイト
ディレクター
ヘルスケアストラテジー
モニターデロイトにおいて、製薬、医療機器、CRO(医薬品開発受託機関)、CDMO(医薬品開発製造受託機関)などのヘルスケア業界のクライアントや異業種からヘルスケアへ参入するクライアントにサービスを提供。臨床開発、マーケットアクセス、メディカルアフェアーズ(医療専門家への科学的見地からの情報提供)、製造、新製品上市などが主な専門領域。戦略コンサルティングファームを経て、現職。
羽間 そうですね。社会課題の解決方法にたった一つの正解があるわけではありませんし、医療やヘルスケアの領域は非常に専門的で業界特有の規制やルールも多く、解決の道筋は複雑です。
だからこそ、我々のチームにはビジネスやAIエンジニア、ソフトウェアエンジニア、UI/UXデザイナーなど多様なスキルとバックグラウンドを持ったメンバーが所属し、ドメイン知識のあるクライアントやパートナーと一緒になって課題解決に取り組むわけですが、その過程では解決への道筋を行ったり来たりすることもあります。多様なメンバーがビジョンを常にスコープに入れながら、現場ではアジャイルにプロセスを回していくというバランスが大事ですし、そこが難しいところです。
大平 プロセスをがっちりと固めるのではなく、パーパスやビジョンでつながった多様なメンバーが創発的にアイデアを生み出し、道筋も柔軟に変えながらゴールに向かっていくイメージですね。
一方で、先ほどおっしゃった医療やヘルスケアに特有の規制やルールといった制約、ないしは課題解決の複雑性がある中で、よりニーズやフィジビリティ(実行可能性)の高い分野にフォーカスして解決を図っているのでしょうか。
石山 当社の場合は、医療・ヘルスケアに限らずエネルギーや物流、金融などさまざまな分野で社会課題解決に取り組んでいますが、解決すべき課題を絞るという発想はありません。米ハーバード・ビジネス・スクールの2人の教授の共著Competing in the Age of AI(Harvard Business Review Press, 2020)では、選択と集中の時代は終わったと言っていますが、まさにその通りだと思います。
Aというプロジェクトのデータと、別の領域のBというプロジェクトのデータがひも付いて、新しいビジネスが生まれたり、特定の課題が解決されたりすることが起きるのがいまの時代です。

エクサウィザーズ 代表取締役社長
東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了。2006年4月リクルートホールディングスに入社。2014年4月メディアテクノロジーラボ所長、2015年4月リクルートのAI研究所であるRecruit Institute of Technologyを設立し、初代所長に就任。2017年3月デジタルセンセーション取締役COO、2017年10月の合併を機にエクサウィザーズ代表取締役社長に就任。静岡大学客員教授。
わかりやすい例を挙げると、アリババグループは中小事業者でも中国全土や海外に商品を販売できるeコマースのプラットフォームが祖業ですが、小口決済の代行を続けているうちにノウハウやデータがたまってキャッシュレス決済の「アリペイ」が始まり、アリペイが普及したことで利用実績などによって個人の信用度を自動的にスコアリングする「セサミクレジット」(芝麻信用)というサービスが生まれ、決済だけでなくシェアリングサービスなど幅広い分野で活用されています。
データにはそういうディスラプティブ(破壊的)な側面があって、別のデータと結び付くことで創造的破壊を起こすことがあります。ヘルスケアデータと、それとは関係がないと思われていたデータがひも付くことでAIによって新しい特徴量が発見されるということが十分に起こりえます。選択と集中を進めると、そうした可能性を阻害してしまうことになります。
これからの時代は、ヘルスケアよりさらに広い概念であるウェルビーイングをどう高めていくかが大きな社会課題ですが、身体的、心理的、社会的に幸福な状態は一人ひとりで異なります。つまり、解くべき課題は非常に多様で、だからエクサウィザーズでも社会課題を解く人材のダイバーシティ・アンド・インクルージョン(多様性と包摂)をすごく大事にしています。人それぞれで異なるウェルビーイングを高めていくには、課題を解く側も多様性に富んでいたほうが有利だと思います。
大平 そうすると、社員やパートナーを含めて多様性が発揮される組織運営ができるケイパビリティが、御社のコアコンピタンスといえそうですね。
石山 当社の会長の春田真はディー・エヌ・エー(DeNA)の元会長で、私自身はリクルートの出身です。どちらの会社もやりたいことがある人が自分で手を挙げて、好きにやっていいよという文化があり、極端に言えばそれで成長してきたようなものです。先ほど羽間が、エクサウィザーズは好奇心を大事にしていると言いましたが、それは春田と私の価値観も関係しています。
多様な人材がそれぞれの好奇心に基づいて、新しいこと、面白いことにチャレンジする。その中で、領域を超えたデータや知識、経験などのつながりが生まれ、課題解決の道が創発されていく。そういう複雑系の中での創発型マネジメントを我々は追求しています。ともすると、自己主張がぶつかったり、自由になりすぎてばらばらになったりしがちなので、そうならないためには羽間が申し上げたようにみんなが腹落ちして大きな目標に向かっていけるセンスメイキング理論を実践していくことが重要だと考えています。