「ユースケースの構築力」と「テクノロジー人材の確保」が
日本の課題
――日本でも通信キャリアや航空会社、小売業などがペイメントやバンキングといった金融サービスをAPI経由で提供する動きが出てきており、非金融事業者がそうした金融機能を組み込んだ新たなサービスの展開を始めています。企業が組み込み型金融によって提供価値を高めていくうえでの課題は何でしょうか。
赤星 日本では「ユースケースの構築力」と「デジタル人材の確保」が大きな課題といえます。
ユースケースの構築力とは、ユーザーが自社サービスに対して感じているペイン(痛点、不満)を解消するために、金融機能をいかにスムーズに組み込めるかということです。新たな収益源の獲得を目的に、事業者側の都合で金融機能を組み込んだとしても、結局のところ使ってもらえるサービスにはなりません。
たとえば、米ウーバー・テクノロジーズのアプリを使えば、配車を予約し、目的地まで移動して、決済も自動で行われます。このような便利なサービスはだれもが使いたくなるものです。国内でもメルカリが提供する決済サービスのメルペイは、C2C(消費者間)で取引した金額が残高としてプールされ、コンビニなどで利用できます。与信を供与して後払いにも対応するなど、生活に溶け込んでいます。

Hiroki Akahoshi
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
このようなユースケースを構築するには、顧客接点である現場とフィンテックの双方の知見を融合させることが不可欠ですが、日本ではサービス提供者であるブランドがテクノロジー人材の不足という問題を抱えており、APIをうまく使いこなしてサービスを構築できる企業が少ないのが実情です。
田口 異なる業界の複数の企業がエコシステムを形成して、組み込み型金融を用いたサービスを提供することもありますが、そうした場合は、エコシステムの中で自社が果たすべき役割を明確にしたうえで、必要な契約上の権利を主張していくことも大事だと思います。一方、自社の都合のみで一方的に権利を主張するだけでなく、エコシステムに参画する各企業のメリットもしっかりと訴求したうえで、皆がWin-Winになる枠組みを提案していくことも協業を推進するうえでは肝要です。
すなわち、エコシステムの“扇の要”となるリーダー企業には、自社の利益と参加企業の利益のバランスを調整しながら、エコシステム全体をコーディネートしていく役割が求められます。今後はこういったポジションを取れる企業が、自社事業を拡大することが可能となります。
Web3.0における金融機能「DeFi」と、どう向き合うか
――昨今話題の「Web3.0」の中でも、最も有望な市場であり、かつ既存の金融機関に破壊的な影響をもたらす可能性があるとされているのが「DeFi」だといわれています。なぜ、DeFiがそこまで注目されているのでしょうか。Web3.0にDeFiが不可欠な理由とは何ですか。
赤星 DeFiとは分散型金融のことで、特定の主体を介することなく金融取引を実現するサービスを指します。ブロックチェーン(分散型台帳)上のプログラムで取引が完結するため、金融取引コスト低減とファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)の実現という2つの観点から、大きなメリットがあるといえます。
次世代インターネットといわれるWeb3.0との関連で補足すると、これまでのWeb2.0の世界は米国のGAFAに象徴されるプラットフォーマーが支配していました。Web3.0はブロックチェーンによってそこから脱却し、各自がデータや権利を所有し、ウェブに参加していく世界観を実現するものです。
そうした世界のキーワードが、「トークンエコノミー」です。中央集権がない代わりに、サービスを持続可能とする金銭的価値を流通させる仕組みが必要になりますが、通貨においては暗号資産(仮想通貨)が、デジタル資産においてはNFT(非代替性トークン)がそれぞれ用いられます。
DeFiは、この暗号資産やNFTの交換・貸出・保証などが可能な市場で、Web3.0の世界において金融機能を提供しており、市場関係者の関心を集めています。
――既存の企業は、DeFiと今後どう向き合うべきでしょうか。
赤星 DeFiはWeb3.0の流れに乗ってますます注目されることは間違いありません。一方で、分散型だからこそ、KYC(本人確認)やAML(アンチマネーロンダリング)への対応、ハッキングの可能性などについて不安が根強くあるのも事実です。そこを補う意味で、既存企業がこれまで培ってきた金融の知見やテクノロジーを活かして、DeFiと連携していくことが考えられます。
また、Web3.0の進展とともに、DAO(自律分散型組織)と呼ばれる新たな組織形態も生まれています。DAOは特定の代表者や管理者の存在なしに、あらかじめ定められたルールに基づき参加者が集合的に意思決定、ガバナンスを行う組織です。DAOの存在が世の中に受け入れられていくと、業界は一変することも考えられるので、このパラダイムシフトに備えて、DeFiサービスの適切な見極めが重要です。
田口 DeFiやDAOに関してもそうですが、既存企業の経営者は破壊的変化が起こった場合、起こらなかった場合を想定したシナリオ設計と、シナリオに沿った対応方針の検討が必須です。
このような場面に対応する意味で、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の活用なども有効な手段です。CVCの投資活動を通じて、破壊的変化を起こしえる企業に対し、マイノリティ出資を通じて幅広く投資し、破壊的変化が起こった場合に、投資先スタートアップへの出資比率を高め、自社のコア事業として取り込んでいくといった対応が考えられます。マイノリティ出資の段階で、事業環境の変化のシナリオを念頭に置いて、M&AやEXIT(投資資金の回収)といった柔軟な対応が取れるように投資契約やスキームを検討していくことが大事です。