高い目標を設定することが、非連続な成長につながる

波江野 調査会社のCB Insightsが、「The Digital Health 150」という世界で最も有望なデジタルヘルススタートアップ150社のリストを毎年発表していますが、日本企業は1社入るかどうかという状況で、とても残念に感じています。ヘルスケア領域でのデータ活用がもっと進めば、この状況は大きく変わるかもしれないと思います。

松尾 すごくもったいないですね。たとえば、日本の医療機器メーカーや光学機器メーカーで世界シェアが高い企業はたくさんありますし、医療現場でのCTやMRIの普及率も世界的に見て高い。データをきちんと取って、それを使った新しいサービスを開発していく余地はとても大きいと思います。

 それに、日本の医師のレベルもすごく高いのに、それが属人化しているので海外を含めて高度な医療を広く展開するのが難しい状況にあります。データやAIをもっと積極的に活用することで、医療アクセスに課題を抱えている途上国や地域の人たちによりよい医療を提供できる可能性が広がるはずです。

長川 我々がコンサルタントとしてさまざまな企業に接していて感じるのは、中長期的な視点であるべき姿を描き出して、そこに向けて腰を据えた投資をしていく意欲が弱まっているのではないかという懸念です。過去の経験や成功体験に照らし合わせて、短期的に確実な投資回収が見込めるものに投資する、そういう姿勢が強すぎるのではないかと心配しています。

松尾 率直に言って目標値が低すぎると思います。日本経済も2%成長などと言っていないで、50%を目指すと言えば大きく変わるのではないでしょうか。半分冗談のようですけど、半分は本気です。50%成長を達成するには過去の延長で同じことをやっていたら絶対に無理ですから、発想が大きくジャンプするはずです。

長川 非連続な成長を目指すようになりますね。

松尾 そうです。非連続なことを思い付くし、やってみようという気になります。その発想と行動の連鎖が企業の成長につながり、日本全体の経済成長につながっていく。最初から2%とか5%とか言っていたら、大きく変わることはないと思います。

長川 問いの立て方によって、思考に与える刺激が全然違います。

松尾 私の研究室のプロジェクトをいろいろな指標で見ると、だいたい年率60%ぐらい成長しています。そもそもAIやデジタルを使った成長領域のプロジェクトなので、当たり前にやっていても40%ぐらいは成長します。ですから、40%成長で普通。前年比5%、10%だと何もしていないのと同じ。研究室のメンバーには、「前年と同じことをしているのは、仕事じゃない」と言っています。それが当たり前になってくると、自然と目線が上がります。

長川 メンバーの目線を上げるのは、リーダーの仕事ですね。ムーンショット(月面着陸のような野心的な目標)を本気で目指すとリーダーが断言し、その意志を身をもって示せば組織は変わります。経済界でも政治の世界でも、そういうリーダーシップを発揮する指導者がどんどん出てくれば、日本発のイノベーションが世界を席巻するのもけっして夢ではありません。

長川 知太郎
TOMOTARO NAGAKAWA
デロイト トーマツ グループ
執行役 COO

松尾 そうだと思います。高齢化が進んだことで、思考が縮んでしまっている面があるのかもしれません。日本全体を見れば、人口も産業も高齢化、成熟化が進んでいますが、ビジネスセクターごとに見れば、若くて伸び盛りのセクターもあります。全体を平均値で見るのではなく、これから伸びる領域にもっと目を向けるべきだと思います。

長川 おっしゃる通り、伸びているセクターや市場、あるいは領域はどこかという“場”の選択は非常に大事です。たとえば、先ほど言われた食がそうです。グローバルから見た時に、日本は稀有な長寿国で、何を食べているのか、どんな食生活をしているのか、世界が高い関心を持っています。その食生活をデータで可視化し、それを新しいビジネスにつなげていく。少し目線を上げれば、そういった発想はどんどん生まれてくるはずです。

松尾 成長のチャンスが潜んでいる場は、本当にたくさんあって、リーダーがその場を設定し、みんなのベクトルを合わせることで大きな力になっていきます。

波江野 ある業界では当たり前になっている知見やノウハウ、技術をほかの業界に横展開することで、埋もれていたチャンスが顕在化することもあります。たとえば、消費財業界では、顧客からインサイト(洞察)を得るために、脳科学の知見を活かすとか、アイトラッキング(視線追跡)の技術を使うのはかなり一般的になっていますが、医療の現場ではまだ活用されていません。私たちは「セクターコンバージェンス」と呼びますが、業界の垣根を超えた視点も大事だと思います。

松尾 その通りです。テレビ業界の人から「我が社でもDX(デジタル・トランスフォーメーション)を進めたい」と相談を受けることがよくありますが、大前提としてテレビの前に座っている視聴者のIDがわからない。ウェブの世界では、顧客のIDを取って、視聴履歴などのデータを分析してユーザー体験を変えていくとか、表示する広告を変えていくのが当たり前ですが、業界が違うとそれは当たり前ではない。そういうことが、ほかの業界でもありますね。