シリコンバレーにはトライする人を見守り、応援する文化がある

長川 トライアル&エラーの文化を醸成する意味でも、産官学連携やオープンイノベーションなど、多様な人たちが協働する座組みが重要だとあらためて感じました。似通ったバックグラウンドや経験しか持たないモノカルチャーの集団ですと、どうしても自分たちの思い込みとか成功体験だけで物事を考えてしまいますし、ほかの人のトライアルを異なる視点で評価することができません。

 ライフサイエンス業界のある企業が、患者さんの治療管理アプリをつくったのですが、ダウンロード数が思ったよりも伸びず、開発に関わった人たちは心が折れるほど落ち込んでいました。しかし、松尾先生のような視点を持つ人がメンバーにいれば、そこがまずスタートで、そこからアプリを改良して患者さんのベネフィットを高めていけばいいと発想できます。

松尾 私なら「最初からアプリをインストールしてくれる人がいたなんて、すごいじゃないですか」と応援してあげたい。PDCAを回しながら修正していけば、ベネフィットは何倍にも何十倍にも高めることができます。

 私が米国のシリコンバレーで実感したのは、自分がやりたいことが明確で、それにトライしている人に対しては、非常に温かく見守るし、応援する文化があるということです。逆にやりたいことがはっきりしない人には、とても冷たい。

波江野 我々コンサルティングファームの仕事も、従来のように企業の外からアドバイスしたり、支援したりするだけではこれからは成り立たないのではないかと思っています。クライアントと一緒になって座組みを考えて、いろいろな専門家やステークホルダーを巻き込んで、どうやってよりよい社会をつくっていくか。それを実際に頭も体も動かしながら、一歩一歩進めていくことがすごく大事だと考えています。

松尾 私が希望を持っているのは、自分が所属する企業を変えなきゃいけない、社会を変えなきゃいけないと強く思って、実際に行動する人が目に見えて増えてきていることです。ほんの5年前、6年前にはそういう人に会うことはめったにありませんでしたが、最近はひと月に何人も会うような感じがしてきています。

 まだはっきりと目に見える形にはなっていないけれども、日本はいい方向に進んでいると思います。そういう変えたいという志を持って行動している人に、我々のような研究者や専門家が協力するのが、社会をよくしていくには一番早いのではないかと思いますし、そういう協力は惜しまないつもりです。ある臨界点を超えたら、日本社会全体の雰囲気が、がらっと変わるはずです。そこまで何とか頑張り続けたいと思っています。

長川 世の中を変えうる力があることに、自分では気づいていない人や企業も多いと思います。そこに気づいてもらう場を用意して、勇気付けながら成功体験を積んでもらうことが、我々の重要な仕事になりそうです。

松尾 外部の視点を持ち込むことで新たな気づきを得たいということで私が招かれたり、私の研究室との共同研究が始まったりすることもよくあります。そういう点で、私の仕事と御社の仕事は似ているとも言えます。いずれにしても、何かを変えたいと思っている人たちへの協力を惜しまず、成功体験を増やしていきたいですね。

長川 ヘルスケア領域における我々のムーンショットは、日本の健康長寿をキラーコンテンツとして、再現性を持ってグローバルに展開し、世界中の人々の健康寿命を延ばすことです。それを日本の企業や医療業界の人たちとともに実現できたら、非常に誇らしいことだと思います。私が生きている間に実現できるかどうかはわかりませんが、そこに時間と労力、そしてお金をかける意義は十分にあると思います。

波江野 そういう足跡を残し、一つひとつブロックを積み上げていくことで、次世代の優秀な人たちが集まってきて、私たちらしい形でのムーンショットの実現可能性が高まっていくはずです。長い道のりだとしても、社会にとって価値の大きい仕事ですし、そういった変化に携われることが、私がこの仕事をしている原動力にもなっています。