足りなければ外から人材を採用することも必要だが、現状の日本の雇用環境では採用は容易ではない。新卒はもとよりシニアに至るまで、あらゆる層で人材が足りないということが当たり前になる。鈴村氏は言葉を続ける。
「そうなると、いまいる社員をどうスキルアップして事業変革にフィットさせていくかという発想になります。会社と社員との関わり方も変わり、社員自身が自分の能力、キャリアを考えて組み立てる時代になっています。会社としても終身雇用制度で社員の雇用を守るというよりは、社員のスキルを上げ、選択肢を増やしていくことで、長く活躍してもらおうという発想です」

中央大学理工学部卒業後、野村総合研究所に入社。システムエンジニアとしてキャリアをスタートし、その後、テキストマイニングやデータマイニングなどの分析コンサルティングを多数経験。2007年、プラスアルファ・コンサルティングに入社し、取締役副社長に就任。データ活用の知見を活かしたタレントマネジメントシステム「タレントパレット」事業を立ち上げ、社員のパフォーマンスを最大化する「科学的人事」を考案。その方法論の確立と啓蒙活動に尽力している。
いよいよジョブ型雇用が広がるか、とも考えられるが、鈴村氏は、日本の企業がいっきに欧米型のジョブ型雇用に転換するとは考えにくいと指摘する。
「欧米企業の人事は、基本的にポジションに特化しており、人材は入れ替えができるという前提です。そのため、プロジェクトの発生に伴って人材を集め、終わったら解散するといったことも可能です。私は、このようなドライな雇用形態は、IT企業やエンジニアなどの職種を除いて多くの日本の企業には馴染まないと考えています。それよりも、いまいる社員にチャレンジできる場を提供し、それを正しく評価して働きがいを高めていく。そうして長く活躍してもらうことを目指すほうが現実的です。日本にジョブ型雇用を導入するとしたら、従来のメンバーシップ型でありながら、社員に挑戦させ自律的なキャリア形成を促すハイブリッド型になるのではないかと考えています。社員が意欲を持って、自律的にチャレンジができる会社がこれから伸びると思いますし、ここに日本企業ならではの強みを活かすヒントがあるのではないかと考えています」
人事にもマーケティングの思考を取り入れる
2022年5月に経済産業省が公開した「人材版伊藤レポート2・0」では、CHRO(最高人事責任者)の設置など、経営層のコミットメントも促している。有価証券報告書での人材情報開示の義務化も、企業を人的資本経営へと導くものだ。プラスアルファ・コンサルティングでも、人的資本経営に関する相談が増えているという。
「ただし」と鈴村氏は語る。「人的資本情報の開示があろうがなかろうが、大切なのは、人材をいかに活用するかということです。それが企業の競争力のベースになるのです。私たちが『科学的人事』という考え方を提唱してきたのも、そこに理由があります。私たちが目指してきたことが、企業にも浸透し始めたと感じています」
開示の義務化が大きな起点になっていることは間違いないが、その有無に限らず、企業にとって「科学的人事」は欠かせない、というのが同社のスタンスだ。あらためて鈴村氏は「科学的人事」の概念についてこう説明する。
「『科学的人事』の原点にあるのはマーケティングの思考です。当社は長年ビッグデータの活用を得意としてきました。ビッグデータで進んでいるのは、顧客データの分析です。マーケターは、常に自社の商品をどうすれば買ってもらえるのか、自社のファンになってもらうにはどうしたらいいかを考えています。そこで大事なのは、顧客を理解することです。とことん顧客を理解し、先回りをして手を打つのがマーケティングです」
そのためにマーケターはITを駆使して膨大なデータからヒントを見つけ、仮説を立てて施策を打ち検証するPDCAサイクルを回している。