米国では個別に成長機会を提供する人材投資にシフト

 日本企業とビジネスコーチングの活用が進む米企業とでは、すでに人材投資のあり方に大きな違いが出ている。守島氏が2020年2月に米国西海岸の企業を対象に人材マネジメントに関する調査を実施したところ、次のようなことがわかった。

学習院大学
経済学部経営学科 教授
守島基博
MOTOHIRO MORISHIMA

「米国では、多くの企業が経営トップやリーダー層に対しても人材の特徴や能力開発ニーズに合わせて個別にカスタマイズされたプログラムやコーチングを計画・実行し、その効果を個別アセスメントで検証しています。こうした能力開発の支援は極めて高価ですが、日本で行われてきた集合研修よりも高い効果が期待できます」

 米国西海岸では、もともと上昇志向のビジネスパーソンが多く、成長機会を求めて転職を繰り返す傾向がある。

 そこで、優秀な人材を採用し、リテインしたい企業では、コーチングや1on1、本人の実力以上の仕事をあえて任せるストレッチアサインメントなど、個別対応で成長機会を提供する人材投資にシフトしているという。

「エグゼクティブ人材の流動性が高い米国においては、いまやコーチングを導入していない企業には移籍したいとは思わないでしょう。なぜならば、自分が成長する機会を失うと考えるからです」

 優秀な経営者やリーダーを採用するためにもエグゼクティブコーチングは不可欠になっているようだ。

経営トップが率先して受けるのが理想的

 日本企業がエグゼクティブコーチングを導入する際に留意すべき点は何だろうか。

「まずは、コーチングの意義や必要性について経営者やリーダーにしっかりと理解してもらうことが重要です。コーチが自分よりも若い場合、心理的な抵抗を感じる人もいるからです。『自分はビジネスの専門家』という思いが強く、聞く耳を持たない経営者も多い。目下や年下の者から教えられることを不快に感じる日本の文化も影響しているでしょう。この点、米国人は『専門家に年齢は関係ない』と思っていますから、まったく抵抗はありません。医師や会計士などの意見やアドバイスを聞くのと同じ感覚です」

 したがって、まずは経営トップが率先してエグゼクティブコーチングを受けるのが理想的だ。そうすれば、コーチングの意義や必要性を組織内に早く浸透させることができる。

「もう一つ重要なのは、第三者によって人材の潜在的な能力や資質、特性などを評価するヒューマンアセスメントの活用です。アスリートの世界でも科学的データに基づいたコーチングが大きな成果を上げているように、本人が気づいていない成長の余地や弱点などについて客観的なデータに基づき、説得力をもって伝えることが大切です」

 ヒューマンアセスメントの手法には360度評価やグループワークなどがあり、ビジネスコーチングサービスを手がける企業の多くが提供している。

 最後に、守島氏は多様化・個別化に対応する人材育成投資の重要性について次のように語った。

「いまはサーバントリーダーのように部下に寄り添い、能力を伸ばしたり、やる気を引き出したりするリーダーが必要だといわれています。しかし、チームビルディングやビジネスへの対応が得意なリーダーも必要です。ひとたび非常時になれば、カリスマ性を備えたリーダーも望まれるでしょう。つまり、持続的な成長のためには、リーダーや経営幹部に関しても、個性に合わせて長所をより強化し、短所を修正していくような多様化を進める育成が重要なのです。その有効な手法がエグゼクティブコーチングです」

 こうした多様な人材開発が、人材を企業の価値創造の中核に据える「人的資本経営」においても求められている。