サマリー:ポストコロナ時代を迎え、顧客が求める体験価値も、顧客接点のあるべき姿も大きく変化しつつある。こうした状況を踏まえ新たな顧客体験を創出していくために、企業は「価値」の見方を変える必要がある。

社会全体にDX(デジタル・トランスフォーメーション)が浸透し、本格的なポストコロナ時代を迎えるいま、顧客が求める体験価値も、企業における顧客接点のあるべき姿も大きく変化しつつある。こうした状況を踏まえ、新たなCX(顧客体験)を創出するために企業には何が求められているのか。一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻教授の藤川佳則氏に聞いた。

ポストコロナ時代のCXは
社会全体の視点が不可欠

 コロナ禍によってCX(顧客体験)はどのように変化したのか。「私たちは“地球市民”の一員だと実感させられたことが関係しています」と、一橋大学大学院国際企業戦略専攻教授の藤川佳則氏は語る。

「このパンデミックを通して、先週海外で起きた出来事が、今週には日本にいる自分の生活に影響を及ぼすことを体験し、世界はつながっていると思い知らされたのです」

 こうした経験を経たポストコロナ時代のCXは、商品・サービスの質や価格に加え、購入や利用に伴う体験の質の向上を追求したとしてもまだ不十分だという。

「人類が“地球市民”であることを実感した私たちは、CXの背後に、その体験を通じていかに社会や環境に貢献できるのかというSX(ソーシャル・トランスフォーメーション:社会変革)を求めるようになりました。CXのその先にSXが問われるのです」

一橋大学大学院
経営管理研究科 国際企業戦略専攻 教授
藤川佳則

 このような、ポストコロナ時代において求められる姿が変容したCXを生み出すために、企業には前例のない意思決定が迫られる。すなわち、組織構造や評価体系を変革するEX(エンタープライズ・トランスフォーメーション:企業変革)が必須となる。CXを高めるためには、その手段であるDXはもちろん、SXやEX(このEXには同時に従業員体験も含意する)も含めた全体像をとらえることが必要だと藤川氏は説明する。

企業は、「価値」の見方を
変える必要がある

 一方で、コロナ禍以前からすでに始まっていたCXの変化を考えるうえで有用な論理が、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)だと藤川氏は語る。SDLは、価値を生み出すのは企業だけではなく、顧客をはじめすべての主体が価値を共創すると考える。このSDLと対になる世界観が、企業から顧客への提供物そのものが価値をもたらすと考えるグッズ・ドミナント・ロジック(GDL)である。

「GDLもSDLも、価値づくりに対して私たちが無意識にかけている“レンズ”に例えられます。GDLをレンズ1、SDLをレンズ2としましょう。企業がどのレンズをかけるかにより、生み出されるCXは大きく異なります。そして、長年慣れ親しんできて、いまも無意識にかけ続けているレンズ1は、数十年前につくられた古いレンズなのです」

 レンズ1(GDL)とレンズ2(SDL)を通してCXを考える場合、大きな違いが3つあるという。1つ目はサービスの定義だ。レンズ1はモノを生産して売買することを経済活動の中心と考え、モノとして定義できないものをすべてサービスにくくる。一方でレンズ2は、モノとサービスに分けず、すべての経済活動をサービスととらえる。レンズ2を通して見た世界においては、企業も顧客も含めて、特定の提供物に関連して起こるすべての行動がサービスとなる。

 違いの2つ目は、価値づくりの前提だ。レンズ1では、企業がつくったモノを顧客が買った瞬間に価値が生まれる「交換価値」を重視する。対してレンズ2では、購入後にも価値が生まれ続ける。顧客が使用する段階でさらなる価値が生まれ、価値づくりがずっと続く「使用価値」もとらえようとする。