最後の違いは、顧客が果たす役割だ。レンズ1における顧客は、企業がつくった価値を消費する主体だ。しかしレンズ2においては、顧客は企業と価値を共創する仲間であり、顧客の行動そのものも価値づくりにつながる。

「成長企業ほどレンズ2をかけているように思います。そうした企業には、モノとサービスを分けず、交換価値だけでなく使用価値の共創を目指す事例を見つけることができます。たとえばナイキのNike Run Clubは、アプリやセンサー内蔵のシューズを通じてランニング時の経路や距離をデータ化し、世界中のユーザーが共有します。このデータの活用によって、ランナー一人ひとりのランニング体験を向上させていきます。このように、企業と顧客のみならず、顧客同士においても価値を共創しているのです」

 ただし、近年になって初めて顧客が価値を生み出すようになったわけではない。「以前から、顧客が実感する価値は、モノを使用する段階でも生まれていました。それをとらえ、価値についての世界観の転換をうたうのがSDL、レンズ2なのです」

 レンズ2の世界観においては、企業は価値を“提案”することはできるが、企業だけで“創造”することはできない。この考え方を推し進めていくと、すべてのステークホルダーが、価値の共創に関わる“アクター(主体)”となる。そして、アクターがアクセスすることができる様々な資源が星座のように複雑に連鎖する「バリュー・コンステレーション」(価値星座)による、B2BでもB2Cでもない「A2A」(Actor to Actor)が前提となる。

新たなCXを生み出すために
企業変革が必須となる

 また、デジタル化が進むほど顧客の行動をデータとしてとらえやすくなり、低コストで価値共創を実現できるようになる。そして、ブロックチェーンをはじめとするWeb3(分散型インターネット)のような技術の登場は、アクター同士のつながりの可視化や透明性を推進する、と藤川氏は説明する。

 こうした変化が起きているにもかかわらず、レンズ1の世界観のままCXだけを取り出して考えていては、企業は生き残れない。藤川氏は「CXとEXを両輪で進めないと、顧客をはじめとするアクターに価値共創に参画してもらえず、新たなCXもその先のEXの実現も難しくなります」と話す。また、SNS等を通じてすべてのアクターがつながる時代には、企業側が「企業が価値を創造する」という意識のままだと、いくらCX重視をアピールしても、そうした世界観はすぐに伝わってしまう。

 藤川氏は、顧客と価値を共創するCXを生み出すには、経営者が主導してEXを進めなければならないとも言う。

「EXは、トップダウンで進めないとそもそも実現が難しい。そして、EXで特に重要なのは、業績評価の仕組みを変えることです。いままでにないCXを本気で実現しようとすると、顧客との関わり方や、関連する業務の進め方などが変わります。つまり、そのために必要な社員の行動や、彼らが目指す成果も変化するはずです。それに見合った評価体系が伴わなければ、社員の行動も変わりません。これこそが、CXを向上させるためにいま求められるマネジメントの役割ではないでしょうか」