
国立社会保障・人口問題研究所が公表した最新の将来推計人口によれば、2070年の日本の総人口はいまより3割ほど少ない8700万人にまで減少し、高齢化率は38.7%に高まる。現状の社会・経済モデルを維持したままでは、日本はいずれ先進国の座から滑り落ちることになりかねない。
人口減少を所与の条件として、これからの半世紀でいかにモデルチェンジを図るべきか。人口減少対策総合研究所の河合雅司氏とデロイト トーマツ グループの松江英夫氏の2人が、大胆な発想の転換に基づくそれぞれの次世代型社会モデルを提示する。
人口減少の真因は何か。長期的視点で社会を再設計するチャンスに
松江 河合さんは多くの著書を通じて人口減少に耐えうる社会の再構築と、国内マーケットが縮小しても日本経済が成長を続けられる政策について、提言を続けてこられました。
人口減少下における日本の成長戦略は、私自身も一貫して追い続けているテーマであり、デロイト トーマツ グループのメンバーとともに人口減少を前提とした新たな成長戦略を提示する共著(『価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略』*)を先頃、出版しました。
この本では、人口拡大に頼らない経済成長のモデルとして「価値循環」を提唱しています。価値循環とは、人、物、金、情報といったすべてのリソースを“循環”させることで、付加価値を生み出し、それを増幅させる考え方です。人の数が減っても、価値循環の「回転と蓄積」のメカニズムを用いることで、1人当たりの付加価値を高めて日本は成長できるというシナリオを私たちは提示しました。
労働力が減る中では労働生産性を高めることが重要だという議論は、これまでも続けられてきました。ただ、高齢者や女性の労働参加率を高めたり、外国人労働者を受け入れたりして、生産性の分母である労働投入量を増やす議論に偏りすぎていた感があります。いまの人口減少ペースでは労働投入量を増やすのは限界があり、分子である付加価値をいかに増やしていくかという議論がより重要です。その付加価値を増やすことで生産性を高めるのが、価値循環なのです。
河合 私は“循環”ではなく“攪拌(かくはん)”という言葉を使っていますが、松江さんたちと考え方は同じです。人、物、金、情報をぐるぐると回して、規模の拡大ではなく、付加価値の向上を目指すモデルへの転換が、日本には必要です。
日本の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年を境に減少が始まり、その影響が広がっていきました。しかし、まだバブル経済の名残がありましたし、高齢者の増加で総人口は減っていませんでしたので、政府も学者も経済界も危機を真剣に受け止めていませんでした。
いまは取り返しがつかないところまで、少子化が進んでしまいました。異次元の少子化対策を掲げる現政権の政策姿勢は評価しますが、タイミングが遅いと言わざるをえません。
そもそも少子化の原因は、子育て支援の不足ではありません。その点が誤解されているのですが、真の原因は出産可能な年齢の女性人口が減少していることであり、これは構造的な問題なので変えられません。少子化対策によって人口減少のスピードを緩めることはできても、横ばいを維持することすら難しいでしょう。
したがって、人口縮小を前提に国を機能させる、経済を成長させる必要があるのです。これは、どの国もやったことがないことなので、他国に事例を求めることはできず、長期的視点に立って自分たちの頭で戦略を考え、実行していかなければなりません。
松江 そうした長期的視点に立った戦略的な思考が弱いことが、日本の弱点です。日本は時間軸のとらえ方が近視眼的で、企業は3年の中期経営計画、政治は選挙のサイクルで動いています。10年、20年先のあるべき姿を描いて長期目標を決め、現状とのギャップを戦略的に埋めていく“引き算”の経営、国家運営に転換する必要があります。
経済成長率において他の先進国との差がつき始めたのは、2000年代に入ってからですが、日本は足元の経済のリカバリーに目を奪われ、人口減少を含めた長期の問題に本気で向き合ってきませんでした。それが、「失われた30年」の根本的な要因だと私は考えています。
政府が「2050年カーボンニュートラル」という長期目標を定めたことは、時間軸を短期から長期にリセットするうえで大きなチャンスです。企業も2050年に向けた脱炭素戦略を練り始めており、長期目標からバックキャスティングする思考を持ちつつあります。これを好機とし、10年、20年単位で社会を再設計することが、人口減少という日本固有の大問題を乗り越えるためには必要不可欠です。