「集中と連携」による“脱自前”で、ダイナミズムを取り戻す
河合 大企業を頂点とした垂直統合型の産業モデルも見直す時期に来ています。頂点にいる大企業が立ちゆかなくなると、その系列や下請けの数多くの中小企業も共倒れになってしまいます。
技術力のある中小企業は、自社の技術を知財化し、デジタルを活用して水平展開していくべきです。日本と同じようにものづくりに強いドイツでは、大企業に負けないグローバル展開に成功している中小企業もあります。
自社単独で無理なら、技術連携や資本提携によって他の中小企業と手を組み、新たな技術を開発して、知財化する選択肢も積極的に検討すべきでしょう。
松江 いまおっしゃった他社との連携による“脱自前”が、大きなポイントです。大企業も中小企業も自前主義で凝り固まっていたことが、日本がダイナミズムを失った原因の一つです。
脱自前を進めるうえでの第一歩は、自社の本業と強みを再定義することです。その強みを他社が持つ強みとかけ合わせることで、新たな価値を生み出したり、市場を広げたりすることができます。つまり、「集中と連携」による脱自前です。

Hideo Matsue
デロイト トーマツ グループ 執行役
デロイト トーマツ インスティチュート代表
たとえば、熟練の技に強みがある中小企業なら、その技を他社が持つ製品や顧客基盤、技術といった強みとつなげることで、新たな需要をつくり出していく。そうした連携を持続可能なものにすることで、「回転と蓄積」による価値循環と成長につながります。そのためには、連携によって生み出されたものを知財化したり、デジタル技術によって形式知化、汎用化したりして、“知の循環”が起こりやすくしておくことも大事です。
河合 それこそが日本のDX(デジタル・トランスフォーメーション)の醍醐味でしょうね。たとえば、デジタル庁が中心になって、どの企業がどんな強みを持っているかを簡単に検索できるデータベースを構築し、AI(人工知能)を活用したマッチングの推奨も行う。そういう知の循環の基盤を20年代につくっておけば、30年代からの水平展開、海外展開のスピードが大きく上がります。そうなれば、中小企業の賃金が上がり、人口が減っても国内市場の購買力を維持できます。
松江 一部の大手企業が賃上げに本気で向き合い始めましたが、これを社会全体に広げ、かつ持続的なものにしていくには、“人の循環”を促す必要があり、これも2020年代にやるべきことの最たるものの一つです。
日本はいまでも年功序列・終身雇用型の雇用システムが色濃く残っていますが、若い世代を中心に働くことへの意識は大きく変わっており、同じ会社に長く勤め続けたいと考える人は減っています。人の移動を柔軟に受け入れる雇用システムに転換すれば、多様なスキルや経験を身につける人が増え、人材としての市場価値が上がり、収入の増加につながります。社会にとっては人材の流動性が高まり、成長分野に人がシフトしやすくなりますし、人の移動とともに知の循環が進み、社会全体の生産性が高まる効果を期待できます。
たとえば、副業や兼業を認めれば、所得を増やす機会やスキル習得の機会が増え、人材の付加価値が上がります。外での経験を会社に還元してくれれば、会社にとってもメリットは大きいはずです。
河合 人口動態からしても現在の日本型雇用システムを維持するのは難しくなります。退職する人と入社する人のバランスが取れていてこそ、年功序列と終身雇用が成り立ちますが、20年後の20代人口は、いまの4分の3に減り、大企業でも若手の採用が難しくなるでしょう。
それに、ITやデジタル技術の発展もあって、経験を積んだ人ほど仕事ができる時代ではなくなりました。これからは年齢に関係なく、スキルやパフォーマンスで評価する人事制度にならざるをえませんから、必然的に人の流動化が進みます。同じ会社に長く留まるのではなく、複線的にキャリアを積み上げていくのが、当たり前になります。
松江 企業はその流れを先取りし、準備を進める必要があります。特に社員の平均年齢が上がっている企業は、人数が増えた中高年層を活性化しなければ、会社全体のパフォーマンスが上がらず、雇用も維持できなくなります。
そのためにも、「雇用の柔軟化」を進め、個人のキャリア選択肢を広げることが必要です。たとえば、会社に籍を置いたままで一定の収入を保証し、週に何日かは他の会社や自治体などで働けるようにすれば、中高年の活躍の場が広がります。人手が足りない自治体やベテラン社員がいないスタートアップ企業などでは、中高年の経験とスキルが役立つ機会も多いはずです。
社外に出て自分の市場価値を知ることで、起業しようと思うシニアが増える効果も期待できます。起業するシニアが増えれば、若い人を雇ったり、若手社員が多いスタートアップと交流したりすることで、世代を超えた知の循環も促進されます。
このように雇用の柔軟化が進めば、「社会としての終身雇用」が成り立つようになります。政府としては、分厚いセーフティネットを整備することで、雇用の柔軟化と社会としての終身雇用を下支えし、人の循環による国全体の成長を企図することが重要です。
河合 先ほど知の循環の基盤となるデータベースを政府が整備すべきだと申し上げましたが、人の循環についても同じことがいえます。人生90年だとすると、45歳で半分ですから、まだ若者です。自分の経験やスキルを必要としていて、かついまの体力や家族の状況などにも見合った就業機会を検索できたり、マッチングしてくれたりする基盤があれば、40代以上の“循環”が促進されます。
シニア世代を活性化し、経済弱者とならないようにすることは、この先さらに高齢化が進む中で社会保障システムを維持するためにも欠かせません。自分が必要されている場があれば、人は年齢を重ねても元気でいられますし、収入を確保することもできます。