海外のリソースと消費を取り込み、双方向の“循環”をつくる

河合 日本の総人口が減少基調に入ったのは2011年以降ですが、これまではまだ序の口でした。この先は都市部でも人口減少が加速し、生産年齢人口は2020年代終わりには毎年50万〜60万人、2030年代半ばになると毎年90万人以上減ります。一貫して増えている高齢者人口も2043年をピークに減少に転じます。私たちはまさに「静かなる有事」の最中にあり、人口という土台が揺らぎつつあることを前提に、その土台の上に乗っている産業や安全保障、教育などの各種政策を再構築しないと、社会の持続可能性が極めて危うくなります。

 たとえば、産業政策について言うと、一部の企業を除いてグローバル化は進んでおらず、日本全体としては超内需型の産業構造のままです。国内市場が縮小する中で海外市場の獲得が必須となりますが、国や地域によって売れるものは大きく異なります。これまで世界でも珍しいほど均質な国内マーケットで事業を行ってきた会社には、文化や生活習慣が違う他のマーケットでニーズを掘り起こし、製品化につなげるノウハウも技術もありませんから、準備に時間がかかります。

河合雅司
Masashi Kawai
人口減少対策総合研究所 理事長

 2020年代をそのための準備期間とし、2030年代からいっきに市場開拓を進めるといったように、長い時間軸で戦略を実行していくことが重要です。他の政策についても同様で、20年代を準備期間、30年代を社会実装の期間とし、静かなる有事を乗り切ることです。そうしないと、この国の豊かさを次の世代につなげていくことができません。

松江 これまでの日本企業の海外展開は、輸出偏重、ないしは他国に進出するだけの一方向でした。人、物、金が海外に出ていくだけでは、日本の国力向上とリンクしません。これからは、海外のリソースも国内にどんどん取り込む、双方向のグローバル化が必要です。

 外国企業による対内直接投資残高のGDP比(2021年時点)を見ると、英国が82.0%、米国が59.3%となっているのに対して、日本はわずか4.7%です。もっともっと海外のリソースを日本に取り込み、それによって新たな価値を持つ製品・サービス、コンテンツなどをつくり上げ、それを海外展開していく。そうした「回転と蓄積」のメカニズムで付加価値を増やしていくのです。

 足元ではインバウンド(訪日外国人)需要が回復してきましたが、海外からの消費を日本国内に呼び込むことも、グローバル成長との連動性を高めるうえで欠かせない要素です。ここでも重要なのは、双方向の視点です。

 現状では訪日客を増やし、滞在中の消費を増やすことが目標になっていますが、それは一過性のものです。訪日中に日本の人や物、自然や文化など長い時間をかけて蓄積してきた資産のファンになってもらい、帰国してからも越境eコマースで商品やサービスを購入してもらえれば、海外から取り込める消費はより大きく、持続的なものになっていきます。これを私たちは、「インバウンドのアウトバウンド化」と言っています。

 日本のファンになった海外顧客は、クチコミで日本のよさを広めてくれますから、日本との接点を持った広い意味での関係人口、つまり「グローバル版の関係人口」がさらに拡大し、新たな訪日客の獲得にもつながります。こうした双方向の流れをつくり出し、途切れることなく“循環”させることが重要です。

河合 日本代表が優勝した第5回ワールドベースボールクラシック(WBC)で、欧州などでも野球人気が盛り上がったそうです。アニメやゲーム、地方の素晴らしい風景などを含めて、他国にない独自コンテンツが日本にはたくさんあります。デジタルの時代ですから、リアルとバーチャルを組み合わせてそうしたコンテンツを海外に広げていけば、グローバル版の関係人口をスピーディに増やせそうです。

松江 おっしゃる通りです。バーチャル空間での経済活動に関しては、NFT(非代替性トークン)がブレークスルーになると期待されています。NFTによって著作権や所有権を守りながら、ゲームのキャラクターやアート作品、映像などの取引がデジタル上で活発に行われるようになっています。アニメや漫画、自然、文化遺産などのコンテンツに強みを持つ日本にとっては、これまで無価値だと考えられていたものをNFTの技術を利用して価値化する大きなチャンスです。

河合 これからの日本企業は薄利多売ではなく、“厚利少売”で付加価値を増やしていくことが必要で、そこでポイントとなるのが技術や商標、意匠などの知的財産であり、それらによって形成されるブランド力です。

 欧米の優良企業は知的財産をはじめとする無形資産への投資によってブランド力と価格決定力を高め、競争優位を確立しています。一方で、日本企業はまだ工場や設備などの有形資産への投資が多く、ここに欧米企業との利益率の差が生じている理由があります。

 これからは無形資産に積極的に資本投下すると同時に、NFTなどの技術を使って知財をしっかりと守りながら、グローバルな事業展開を図っていくことが必要です。

松江 市場でのルールづくりまで踏み込めば、知財が生み出す価値がより大きくなります。技術的な知財でいえば、標準化が大きなカギで、自社の技術が市場における標準となるようなルールづくりを主導することで、社会実装のスピードが速まり、新たな市場を創出することができます。

 日本でも標準化の最高責任者であるCSO(Chief Standardization Officer)を設置する企業が徐々に増えてきましたが、特許を取得したうえで、標準化して市場を取りにいくルール形成力、市場形成力を日本は官民挙げて高めていく必要があります。