臨床や開発の現場で、医療従事者と企業などの開発人材が
日常的に会話できる環境を整える
植木 禁煙治療アプリや高血圧治療アプリのCureApp(キュアアップ)、AI(人工知能)を活用した診断機器のアイリスなど、最近は医師が創業したスタートアップが存在感を発揮しています。こうしたロールモデルが現れると、医療従事者のマインドセットも変わってくるのではありませんか。
村垣 特に若い人たちにとって、医療従事者が医療機器開発を成功させたというインパクトは大きいですね。医師だけでなく、臨床工学技士の間でも、医療機器開発に対するモチベーションは高まっています。
ソフトウェアの開発は、ハードウェアと違って大がかりな生産設備や特殊な製造技術は必要ありませんので、チャレンジする人は増えてくると思います。
ただ、ゲームチェンジャーになるような治療用機器は、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせによってできるものですので、日本のものづくり技術を活かした医療機器開発にチャレンジする人もどんどん出てきてほしいですね。
植木 一方で、これまで自前主義でやってきた大企業の開発のあり方も、見直しの時期を迎えているのではないでしょうか。
保多 米国では「Fail Fast」とよくいわれますが、スタートアップを含めた初期開発段階は速く(早く)失敗して、そこから賢く学び、すぐに次の開発を始めるという鉄則があります。多くの失敗の中から革新的なものが生まれ、臨床試験や量産の段階まで育ったら大企業が買い取って実用化していくモデルでエコシステムが成り立っています。ですから、大企業はスタートアップに対する目利きとか、ビジネスとして社会実装していく力が求められていますよね。
日本でも、米国のようにレイターステージ(後期段階)で大企業がM&Aするのが当たり前になると、スタートアップがもっと増えてくるでしょう。でも、起業しないと医療機器を開発できないわけではありませんから、アカデミアが初期段階から中堅メーカーと共同開発するとか、プロトタイプまでつくったうえで大企業と組むなど、いろいろな組み合わせがあっていいと思います。そのためにも、アカデミアの側は早期にコンセプトの知財化を行い、企業と対等な立場で開発を進められるようにしなくてはなりません。
村垣 日本では、会社に入って初めて医療機器の開発に携わる人がほとんどですが、大学で基礎と実践をしっかり学び、社会に出たら即戦力としてプロジェクトをリードできる人材が増えてくれば、開発のスピードや精度そして成功率がもっと高まるはずです。
実は神戸大学では、2025年春に医療機器開発人材の育成を目指す新学科(医療創成工学科<仮称>)を医学部に開設する計画を進めています。高校や高等専門学校の卒業生などを対象に、若いうちから医療機器開発を学び、社会に出たらすぐに活躍できる力を身につけてもらいます。プロサッカー選手を育成するユースアカデミーのように、卒業したら世界へ打って出るような人材を輩出したいと思っています。
立岡 若い人たちが新しいことにチャレンジする際、開発の初期段階から資金サポートする仕組みも必要です。
保多 日本ではシードステージ(開発前段階)やアーリーステージ(初期段階)でリスクマネーを投じるプレーヤーがまだ少ないので、現状では公的な研究開発資金の活用が現実解です。神戸市と連携して進めている神戸未来医療構想の中でも、プロジェクトを客観評価して、年間を通じていつでも初期開発の資金を助成できるプログラムを始めています。その資金でプロトタイプをつくるところまでいけば、知財化につながりますし、企業からの資金も呼び込みやすくなります。
早い段階から企業との協働を進めるためにも、リサーチホスピタルであるICCRCに直結した形で医療機器開発に特化した7階建ての新建屋を2024年中に整備する計画で、連携する企業の人たちが臨床現場に出入りしやすい環境を整えていきたいと考えています。臨床現場の医療従事者やアカデミア、学生と、企業の人たちがアポなしで日常的に会話できるようになれば、何か困った時にお互いすぐに相談できますし、アイデアの創発も活発になります。