医療機器の可能性は無限、どんどんチャレンジしてほしい

植木 AIが医師の診断をサポートしたり、経過観察と助言を行うデジタルドクターのようなスマートフォンアプリが登場したりと、医療機器のあり方がかなり変化しています。そうした中で、医療機器開発に関わる人たちが向き合うべき課題や考え方はどう変わっていくのでしょうか。

村垣 イスラエルの企業が開発したアプリ「Moovcare」を肺がんの経過観察に利用する臨床試験を行ったところ、患者の生存期間が延びたとフランスの研究者たちが発表したのは2016年のことでした。アプリで生存期間が延びるのかと、衝撃を受けたのを覚えています。

 ただ、アプリができるのは症状を解析して、何か特異的な変化があれば主治医に通知し、検査や診療を促すことで、治療法そのものは従来と変わりません。診断や治療をサポートするアプリはもちろん大事ですが、医者という立場で言えば、これまで治せなかったものを治せるような医療機器を開発したいという思いがあります。

 そうした医療機器を開発するには、未来の医療はこうあるべきだというコンセプトをまずしっかりと固め、そこからバックキャスティングしていくアプローチが必要です。

 たとえば、最近では診断と治療を一体化した新しい医療技術「セラノスティクス」の研究開発が進んでいますが、私は物理的な治療と薬による治療を組み合わせたコンビネーションデバイスを開発したいと考えています。

保多 超高齢社会も大きなテーマの一つです。そうした観点では、病気の診断や治療に限らず、健康寿命の延伸や介護などヘルスケア全般に開発のターゲットが広がっていきます。

 Apple Watch(アップルウォッチ)やOura Ring(オーラリング)などウェアラブル型の健康管理デバイスがすでに市販されていますが、IoTやアプリと医療機器のノウハウを融合させたデバイスがどんどん増えていくと思います。

 医療の現場でも介護の現場でも人手が足りない中で、私たちもスコープを広げて、現場をサポートするヘルスケア機器も開発していく必要があります。

村垣 私はいま、内閣府のムーンショット型研究開発事業として、早稲田大学の菅野重樹教授らと共同でスマートロボット「AIREC」の開発に取り組んでいます。「一人に一台一生寄り添う」がコンセプトで、食事や家事など日常生活の介助、介護、病気の看護を行ったり、話し相手になったりするマルチタスク型のロボットです。搭載したAIでみずから学習し、最終的なターゲットである2050年以降には、自律的に医療行為も行えるところまで持っていくことを目指しています。

保多 20年後、30年後にはかつてのSF映画のような世界が現実になっているかもしれません。医療機器の可能性は無限に広がります。

立岡 無限の可能性があるからこそ、ヘルスケアの領域で社会的に価値のある仕事にチャレンジしたいと考える人が今後増えていくと思いますが、現状では敷居の高い業界だというイメージがあります。ヘルスケアに深く関わりたいと思っているビジネスパーソンに、何を伝えたいですか。

保多 一つには、医療の現場に足を運んでほしいですね。一度来て終わりではなく、医療従事者と雑談ができるようになるまで何度でも来ていただきたい。そのための環境は私たちが整えます。

 それから、起業しようと思っている若い人に対しては、目的は起業自体ではなく、開発したものが1日も早く社会実装され、世の中の役に立つことだと伝えたいですね。そのためには、必ずしも起業せずとも知財性のある有望なコンセプトを大手企業に引き継ぐほうが、早道となることも少なくないということを知っておいていただきたい。

 米国やイスラエルのようにM&Aの対象となるスタートアップが日本に多く生まれることは、エコシステム形成にとってはとても重要で、そのような起業家が特に治療系医療機器の分野で増えることを期待しています。それに加えて、日本ではアカデミアを核とした日本型エコシステムのプラットフォームが重要な役割を果たすと考えています。

村垣 医療機器に限らず、新しい製品やサービスを開発してうまくいくこともあれば、いかないこともあります。ただ、医療機器と一般産品の大きな違いは、成功が経済的価値を生むだけでなく、非常に大きな社会的価値をもたらすことです。

 それを胸に刻んで、どんどんチャレンジしてほしいですね。私たちもできる限り応援します。