ムーア 自動車はEV(電動車)、コネクテッドカーへのシフトが急速に進み、テスラがその主役となっています。テスラはディーラーを通さずに顧客にEVを直接販売して、自動車の走行データをリモートで取得し、自動車を制御するソフトウェアを常にアップデートしています。この事業モデルによって、より安全で快適なドライバー体験を提供し、顧客エンゲージメントを高めていることが同社の高成長につながっています。トヨタ自動車やフォルクスワーゲンをはじめとして、伝統的な大手自動車メーカーはいま、テスラと同じようなカスタマーサクセスモデルへの転換を迫られています。

深い顧客理解が企業成長を決定づける

絹村 一般的には、カスタマーサクセスは技術サポートなどのカスタマーサポートの発展型であり、企業の一つの機能だととらえる向きも多いのですが、テスラの例のようにカスタマーサクセスはビジネスモデルや戦略そのものであるということですね。

ムーア その通りです。企業内の特定の組織や活動を指す場合にもカスタマーサクセスという言葉が使われるので混同しがちですが、本質的には製品やサービスを購入した顧客に継続的に価値を提供していく、あるいは顧客体験を向上し続けるためのコンセプトや仕組み全体を表す言葉です。

ジェフリー・ムーア
Geoffery Moore
ジェフリー・ムーア・コンサルティング
マネジングディレクター

 カスタマーサポートに必要なのは、製品の知識でした。顧客が製品を正しく使用し、製品機能が十分に発揮されるようにサポートするのが役割だからです。

 一方、カスタマーサクセスに必要なのは、顧客の知識です。顧客が何を目標とし、何を成し遂げたいのかを理解しなければなりません。たとえ顧客が製品を正しく使用していたとしても、何の成果も得られていないのであれば、顧客は成功しているとはいえないからです。

 プロダクトサクセスモデルでは、製品の所有権が顧客に移った時点で、企業の活動はほとんど終わります。しかし、デジタル革命の時代となって、多くの企業では製品の売り切り型から、契約後に継続して収入を得るリカーリング型のビジネスモデルへの転換を図っています。

 リカーリング型では、顧客の定着率を上げ、解約率を下げることが事業収入に直結します。顧客のことをよく理解し、製品の価値と顧客体験を向上し続けるカスタマーサクセスが、企業成長の決定要因となるのです。

絹村 日本には伝統的に顧客を重んじる文化があります。しかし、顧客の声をよく聞くだけでは、カスタマーサクセスを実現できません。逆に顧客の言う通りにした結果、失敗してしまうこともあります。

絹村 悠
Haruka Kinumura
Gainsight
代表取締役社長

ムーア 顧客は神ではなく、何でも知っているわけではありません。カスタマーサクセスを実現するには、顧客企業の目標やミッションを理解したうえで、顧客からの依頼や顧客が求める提案が、その目標やミッションに沿うものか、顧客が必要としている成果に結びつくものなのかを深く考えてから、対応する必要があります。

 その対応は、顧客との徹底した対話からスタートします。その対話では、「顧客はどのような課題を抱えているのか」「その課題をどう解決したいのか」に焦点を当てます。結果的に、顧客から求められたものとは別の提案が必要になることもあるのでしょう。

 私は例え話としてよく言うのですが、ドリルを買いたい客は、ドリルがほしいのではなく、穴を開けたいのです。なぜ穴を開ける必要があるのかをよく聞けば、家具をつくりたいからかもしれません。何のためにどんな家具をつくりたいのかがわかれば、必要な材料や道具、技術について、あなたは適切な提案ができるでしょう。