交渉時の期待の相違が契約を決裂させる

 交渉のベテランならば、経済的契約(金銭を伴う契約)の条件交渉は難なくこなせるようになる。ぎりぎりまで価格を値切ったり、出資比率を主張したり、解約条件を細かく設定したりする。

 しかし、これら辣腕のプロの交渉人は、契約書の調整には時間をかけるものの、社会的契約やその案件が真に意図するところについて軽視しがちである。その結果、当事者双方が契約条件に合意しながらも、履行時になって初めて互いの思惑が異なっていたことが明らかになる。このような同床異夢の場合、大問題に発展しかねない。

 ある2つのチェーンが始めた合弁事業の例を見てみよう。一方は全国的な大病院チェーン、他方は特定地域を地盤とする医療機関チェーンである。

 両チェーンの経営陣は、双方の病院がある地域において近接しているため、医師を奪い合い、設備投資が重複していると判断した。そこで、度重なる交渉の末、合弁事業を立ち上げ、2つの病院を共同経営することで必要な施設を無駄なく設置できるようにした。両チェーンの経営陣は、そのためのガバナンス・システムを構築し、この合弁事業を担当するマネジャーを任命し、彼には利益を最優先したインセンティブを設定した。

 業績はすこぶるよかったにもかかわらず、この事業は長続きしなかった。その理由は、双方が暗黙のうちに仮定していた合弁事業の目的が矛盾していたからである。そればかりか、締結した契約内容は、両者の目的にそぐわないものだったのだ。

 全国チェーンが抱える病院はその地域に1つしかなかったため、合弁事業の契約やマネジャーのインセンティブから必然的に生じうる「経済合理的な方策」、たとえば重複した診療科目の廃止などに抵抗した。この全国チェーンは合弁事業が決裂した場合、診療科目の数が減り、自分のところの競争力が低下するのを恐れたのだ。

 一方、地方チェーンの経営陣は合弁事業によってチェーン展開の規模を拡大し、効率を高めるつもりでいた。彼らはその地域全体の医療効率を高めようとしたが、合弁契約とマネジャーのインセンティブは、合弁事業だけの利益を最大化するばかりで、地方チェーンの経営陣が抱いていた目的と矛盾していた。

 双方が端から前提とする事業目的についてきちんと理解していれば、範囲を絞ってより有益な契約を結べたはずだろう。