複合機・プリンターなど情報通信機器が主力のブラザー工業は、ミシン修理が祖業であり、家庭用ミシンなどパーソナル・アンド・ホーム(P&H)事業をグローバルに展開している。特に高度な技術力が必要とされる刺しゅうミシンなどの製造・販売では、高いシェアを誇っている。
こうした自社の得意な製品分野で新たな市場を創造するために、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)型の新サービスとして2022年9月にグローバルでローンチされたのが「Artspira」(アートスピラ)である。専用のモバイルアプリで作成したオリジナルデザインのデータを転送することで、刺しゅうミシンで好みの刺しゅうを楽しんだり、カッティングマシンで紙や布などを自由に切り抜いたりできる。
Artspiraは、生活の中でクラフトを楽しむ機会を広げ、新たな体験価値を生むサービスとしてユーザーから高い評価を獲得。サブスクリプション(定額課金)の有償版がリリースされたほか、手持ちのTシャツやバッグなどにイラストなどを簡単に刺しゅうできる新機種のミシンも開発・発売された。
電通デジタルは、SaaS型サービスモデルへの変革構想からサービス開発、バーチャル組織の立ち上げまでを一貫して支援してきたほか、北米・EU(欧州連合)を統括する販社に推進機能組織を立ち上げ、定期的なミーティングを行って市場への浸透を図るなど、グローバル展開でも重要な役割を担っている。
Artspiraの取り組みは変革を加速させるための第一歩であり、本質は、既存事業も含めたP&H事業の変革を支える事業基盤構築と、その基盤上で高頻度に新規事業の事業成果が出せるプロセスを確立・定着させることにある。
実際、SaaSモデルとなったことで、顧客一人ひとりの行動情報を蓄積・分析できるようになった。今後は、ワン・トゥ・ワン・マーケティングを実践するとともに、P&H事業の全商品・サービスに関する顧客データを共通のIDで保存・分析して、新たな商品やサービスの開発に活用できる顧客データ基盤の構築も視野に入っている。
事業、プロダクト、顧客体験をビジョンと一致させる
クライアント企業が電通デジタルを高く評価するポイントの一つは、結果を出すところまでコミットする点にある。そのために、同社は経営層と現場の双方に伴走しながら、両者をつなぐことに力点を置く。
たとえば、事業部門の変革であれば、会社のパーパスや長期ビジョンを読み解いて、事業レベルのビジョンとして再定義し、それを明文化して現場に浸透させる。清水氏は、「事業、プロダクト、そして顧客体験をビジョンと一致させるためです」と説明する。それができれば、現場が自律的に動けるようになり、プロジェクトの品質とスピードが上がる。

BIRD部門 ビジネスクリエイション事業部 事業部長
清水正洋氏
同時に、現場の意思や意図を解釈して経営層に伝え、現場との障壁を取り払っていく。そうすることで、現場からの具申や起案に対して迅速に意思決定できるようになるからだ。