「グールーに尊敬される」経営思想家

 3年前のHBR誌[注1]で、ローレンス・プルサックとトーマス・ダベンポートが「著名な経営思想家たちが、自分以外のだれを師と仰いでいるか」について報告したことがある。一般にはなじみが薄いかもしれないが、ピーター F. ドラッカーに続いて挙げられたのがジェームズ G. マーチである。

 マーチは、斯界の権威たちが新たな思想の拠りどころとして頼みにする著述家であり、この50年間にわたって数多くの分野を手がけてきた博識でもある。

 現在、スタンフォード大学名誉教授(経営学、社会学、政治科学、教育学専攻)のマーチは、組織行動学、行動経済学、リーダーシップ、殺人の法則、友情、意思決定、社会科学のモデル論、革命、コンピュータ・シミュレーション、統計学など、多彩な講義を行ってきた。

 マーチの名を最も知らしめているのは、その先駆的な組織論であろう。ハーバート A. サイモンとの共著『オーガニゼーションズ[注2]』と、リチャード M. サイアートとの共著『企業の行動理論[注3]』は古典的名作である。マーチはサイアートやサイモンらと共に、社会学、心理学、経済学の側面を織り込んだ経営理論を展開し、新古典派に代わる新たな理論を示した。

 その根底にあるのは、経営者が合理的に意思決定を下しても、その合理性そのものが人間と組織の限界に縛られているため、人間の行動は必ずしも合理的な予測どおりにはならないという考え方である。

 経営理論以外にも、ヨハン P. オルセンとの共著『やわらかな制度:あいまい理論からの提言[注4]』とDemocratic Governance[注5]で政治制度研究に大きな貢献を残したほか、リーダーシップ研究の分野ではマイケル D. コーエンとの共著Leadership and Ambiguity[注6]、ティエリー・ウェイルとの共著On Leadership[注7]、また意思決定理論分野ではA Primer on Decision Making [注8]The Pursuit of Organizational Intelligence[注9]などの著作がある。

 組織論と経営学の徒に多大な影響を及ぼし、その他の社会科学分野でも数々の業績を築いてきたマーチは、緻密な研究者であり、的確な意見者として名声を博しており、またその深い造詣は並ぶ者はいない。

 実際、彼の論文を引用するのが常識のようだ。シカゴ大学教授のジョン・パジェットは、かつて『コンテンポラリー・ソシオロジー』誌のなかで「組織論におけるマーチは、ジャズにおけるマイルス・デイビスと同じである。(中略)マーチの比類なき影響力は、社会科学の範疇にとどまらない。あらゆるところに及んでいる」と書いた。

 社会科学分野での功績にとどまらず、マーチは他の領域にも関心を向けている。学術論文や著作以外にも、映画Passion and Discipline: Don Quixote's Lessons for Leadershipを制作し、現在も新たな映画づくりに取り組んでいるほか、詩集を7冊発表している。

 その詩的な感性はいままで彼が紡いできた独特の比喩、すなわち組織的意思決定に関する「ゴミ箱理論」「愚かしさのテクノロジー」(technology of foolishness)、コンサルタントが果たす「疾病の媒介者」の役割、「ホット・ストーブ効果」などにも感じられよう。