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エグゼクティブ・コーチングが必要な理由
アメリカの大手銀行で組織開発を担当するシニア・バイス・プレジデントが、2、3人のシニア・マネジャーを対象にエグゼクティブ・コーチングの実施を企画し、コーチを募集した時のことである。実に数百人にも及ぶ応募者が殺到し、それぞれ違う資格を示して、面接を希望した。
そこで、このバイス・プレジデントは自分で一定の応募条件を設けて、何とか面接可能な人数に絞り込もうとした。その条件とは「何らかのコーチング資格を有していること」と「『フォーチュン500』に入る金融サービス企業で5年以上の指導経験があること」だった。
彼女に、「この条件は、何か根拠があって設定したのですか」と尋ねたところ、すぐに「いいえ」という答えが返ってきた。「人数を絞り込む必要に迫られて設定しただけです」
これが、エグゼクティブ・コーチングという未開拓領域の現実である。開拓時代の西部と同じく、いまだ無秩序な状態にある。しかし、まだだれも足を踏み入れたことのない広大な領域は、危険と共に計り知れない可能性をも秘めている。
コーチングに関して、確かな情報はほとんどない。何しろ大手企業でコーチングが始められたのは、1980年代以降のことである。オーストラリアのシドニー大学でコーチング心理学を教えるアンソニー M. グラントは、2003年、コーチング全般に関する過去の論文を調べた。すると、37年以降に書かれた論文のなかで査読されていたのはわずかに131件で、このうち実証的な論文が56件、学術論文の体裁になっていたものは皆無に等しかったという。
「概して、研究の質はきわめて低かった」とグラントは言う。現在、有能な学者が大挙してこの分野に参入しているとはいえ、コーチングに関するしかるべき指針が得られるまでには、まだ数年かかるかもしれない。
したがって、企業は当分の間、幹部社員の能力開発をみずから企画しなければならない。ただし、どのような人がコーチとして適任で、どのような方法が効果的なのかについては、まだはっきりわかっていない。
さらに、コーチになるためのハードルはまったくないと言ってよい。エグゼクティブ・コーチを自称する人の多くは、ビジネスについてほとんど無知であり、なかにはコーチングについてさえほとんど知らない人もいる。コーチングの資格を持っていればまだましとはいえ、それらを発行したのはどこかの自称コーチング団体で、その価値を評価するのは難しい。
また、コーチングの費用についても疑問が残る。デロイト・アンド・トウシュUSAのエグゼクティブ・コーチング担当マネジャー、ウェンディ・ガブリエルいわく「コーチングが本当に効果的だったのかどうかは、ROIでは測れません。したがって我々は、定性データによってコーチングの成否を判断しています」。
一つだけ確かなことは、市場はすでに答えを出しているということだ。ゼネラル・エレクトリック(GE)からゴールドマン・サックスまで、「世界で最も称賛される企業」の多くはコーチングを導入している。現在、アメリカでコーチングに投じられる金額は年間およそ10億ドルに上る。