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目に見えぬ組織病「ナットアイランド症候群」
マサチューセッツ州クインシーにあるナットアイランド下水処理場には、経営者ならばだれもが垂涎するチームが存在した。いわゆる「3K職場」(きつい、汚い、危険)にもかかわらず、みな文句一つこぼすことなく仕事に精を出し、残業手当がなくとも何千時間という労働を提供し、部品を買うために自腹さえ切るほどだった。
現場監督などまったく不要で、自分たちで人員配置を計画したり、クロス・トレーニングを実施したり、また業務上のトラブルや予算枠にも機転を働かせたりと、まさしく究極のチームだった。もちろん団結は固く、自分たちのミッションに誇りを感じていた。ところがある日、この勤勉さがあだとなり、悲惨な事故が起こってしまう。
この悲劇のチームとは、ナットアイランド下水処理場が設立された1960年代後半から、閉鎖される97年まで運営していた約80人の男女たちのことである。
その30余年の間、彼ら彼女らはボストン港の水質を守ることを目標に掲げてきた。にもかかわらず、82年、37億ガロンもの未処理下水を、通常業務中に、何と半年間にわたって港内に放出し続けてしまったのだ。
未処理下水には自動的に大量の塩素を投入するという、港湾衛生上の措置が災いして、元々ひどい状態だった水質がさらに汚れる結果となった。
これほど優れたチームが、なぜこのような過失を犯してしまったのか。経営陣はもちろん、現場のメンバーたちもなぜその過ちに気がつかなかったのだろうか。
これらの疑問は、私が「ナットアイランド症候群」と呼ぶもので、組織に働く「破壊の力学」の核心を衝いている。私がこのような組織力学について研究するようになったのは、ボストン都市部の下水道システムを管轄する公的機関の局長を4年半務めた後のことである。
この職を離れてからというもの、病院長、図書館長、民間企業の経営者といった人たちに、このナットアイランド下水処理場の話を聞かせてきた。するとそのほとんどが、この話を聞いて思い当たるふしがあると言わんばかりにギョッとする。これらの人たちもまた、自分の職場でナットアイランド症候群が発症する様を目のあたりにした経験があるのだ。
これらの経営者と交わした会話のメモを眺めているうちに、ナットアイランド症候群が発生した事例には、いずれも似たようなアンバランスな関係、すなわち「献身的で結束の固いチーム」と「責任感に乏しいマネジャー」が登場すること、そしてこの関係は、事例によって若干順序は異なるものの、5段階で悪化していくことが共通していた(囲み「ナットアイランド症候群発病の5つのステップ」を参照)。
ナットアイランド症候群
発病の5つのステップ
ナットアイランド症候群は、勤勉で使命感の強いチームとチーム・マネジメントに無関心なシニア・マネジャーとを対峙させる。一種破壊的な側面を持った組織力学といえよう。両者の対立は、5つのステップ(これは予測可能である)を踏みながら、マイナス方向に働くポジティブ・フィードバックとして表現できる。
(1)シニア・マネジャーの権限委譲、チームの自主自立
シニア・マネジャーは目の前の解決すべき問題に気を取られるあまり、重要きわまりない舞台裏の任務をチームに課し、広範囲の自治権を与える。チーム・メンバーは職業モラルを身につけ、シニア・マネジャーや顧客などの目にさらされる表舞台を避けようと、自分たちでメンバーを採用し始める。やがて組織編成とマネジメントに熟達するようになり、チーム内にはミッションへの自負と明確なアイデンティティが育まれる。
(2)シニア・マネジャーの無関心、チームの落胆と憤慨
シニア・マネジャーはチームの自給自足状態を気にとめず、チーム・メンバーがアドバイスを求めたり、解決を差し迫られた問題を報告したりしても、これらを無視する。その結果として、何か問題が勃発すると、チームはシニア・マネジャーに裏切られたと感じて憤慨する。
(3)のん気なシニア・マネジャー、チームの自閉症
「チームvs.組織」というムードがチームに根づき、孤立していることにより、「英雄的なのけ者集団」という自覚が芽生え、高まる。シニア・マネジャーの触手から身を隠したいという思いに駆られ、チームはだんだん巧妙に問題を隠蔽するようになる。チーム・メンバーはけっして問題を認めたり、外部に助けを求めたりはしなくなる。シニア・マネジャーは、チームから支援を求める声が出ないことを順調な証拠と見なしてしまう。
(4)シニア・マネジャーの怠慢、チームの無手勝流
シニア・マネジャーは、外部の視点から仕事を考察させたり、外部の慣行に触れさせたりするといった、チームへの責任を怠る。その結果、チームは独自のルールをつくり始め、「我々が決めたルールこそ、ミッションを遂行せしめる」とみずからに言い聞かせる。しかし、このようなルールはチームの業務遂行上の重大な欠陥を覆い隠す。
(5)シニア・マネジャーの依然とした無視、チームの独断専行
シニア・マネジャーとチームは共に、もはや修正困難な誤った現実像を信じ切る。チーム・メンバーたちは、善意の外部者が援助を申し出たり、問題や欠陥を指摘しようとしたりしても、聞く耳を持たなくなる。シニア・マネジャーはシニア・マネジャーで、「便りのないのはよい報せ」と決め込み、チーム・メンバーとそのミッションを無視し続ける。よほどのトラブルが発生し、この膠着状態が打破されない限り、シニア・マネジャーとチームはすれ違い続ける。
悪循環というより、「負のスパイラル」と呼ぶべき組織力学が働き出すと、両者の間には不信感と無理解が芽生え、その関係は徐々に瓦解していく。ついにはリレーションシップと呼べるような代物は消失する。