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従業員のメンタル・ヘルスに果たすべき責任
2001年9月11日、アメリカは、これまで経験したことのない危険な世界に問答無用に引きずり込まれた。ワールド・トレード・センター・ビルの倒壊。ペンタゴンの炎上。背筋も凍るテロリズムの現実が全アメリカ人の意識に焼きつけられた。もちろん、直接の被害者が失ったものの大きさは計り知れない。
これほどまでマスメディアが発達した現代ゆえ、テロの悲劇はその犠牲者や家族にとどまらず、影響は広範に及んだ。惨事が次々に繰り広げられるシーンをアメリカ中の人たちが自宅のテレビで目撃し、繰り返し流れる映像を身じろぎもせず凝視するなか、みなが一様にトラウマを負った。ある意味、我々全員が目撃者であり、この事件がもたらした、怒り、ストレス、不安といった感情を処理しなければならなかった。
もちろん、企業にしても大問題である。我々のほとんどが一日の大半を職場で過ごし、このような感情に対峙しながら仕事に従事しなければならないからだ。
安心して働ける職場へ──。そこへの従業員の信頼を回復させることが、いま経営者の急務となっている。アメリカのほとんどの企業が、郵便室やオフィスでのバイオ・テロの危険性に備えて、新しい安全対策を講じている[注]。さらに、相当数の企業がより踏み込んだ施策に乗り出している。たとえば、テロ事件によって従業員が抱え込んだ精神的緊張をほぐすために、ストレス緩和プログラムを実施するよう人事部に命じている。
このような迅速な対応策に異論はないが、いざ実施の段となると、さらに大きな問題が浮かび上がってくる。そもそも企業は従業員のメンタル・ヘルスに対して、どのような責任を果たすべきなのか。
うつや不安感は、いまに始まったことではない。テロ事件によってうつや心配性となった従業員はこれに対処しなければならない。彼ら彼女らをサポートすることも企業の役割ならば、メンタル・ヘルスは企業経営の新しい分野になるということだろうか。おそらく9月11日の悲劇が、経営者がメンタル・ヘルスを当然の問題と考え始める転換点になったと見なされるのは、まず間違いないだろう。
HBR誌のシニア・エディター、ダイアン L. クーツは、企業内のメンタル・ヘルスについて専門家の見解を得るために、スティーブン E. ハイマン博士をインタビューした。
博士は、1996年から2001年まで、国立精神衛生研究所(National Institute of Mental Health:NIMH)所長の要職にあった。同研究所は1000人を超える研究者を擁し、年間予算は12億ドルという規模を誇る。主に、脳に関する基礎研究や臨床研究を行っている。
ハイマン博士はエール大学をトップで卒業し、ケンブリッジ大学で哲学を修めた後、ハーバード・メディカルスクールを80年に卒業した。同校精神科の専門実習を終えた後、遺伝子学科分子生物学の研究員となる。そのまま教授職に進み、教授出身者として初めて知能・脳・行動研究プログラムの責任者となる。2001年12月からはハーバード大学のプロボストを務めている。
HBR誌では、メリーランド州ロックビルにあるNIMHのオフィスを訪ね、2時間のインタビューを実施した。ハイマン博士は、9月11日のテロ事件がもたらした精神的後遺症について言及し、どのように対処すべきか、その方向性について貴重なアドバイスをくれた。