高品質テレビが失敗した本当の理由

 本来ならば、高品位テレビ(HDTV)はとっくに大成功を収めているはずだった。フィリップス、ソニー、トムソンといった企業は、この素晴らしい高画質テレビの開発に何十億ドルもの投資を傾けてきたのだから──。

 技術面で失敗したわけではない。これらのメーカーは1990年代初めに、すでに量産を開始できる段階にあった。これまでのところ、HDTVがだれの目にも明らかな失敗に終わっているのはテレビ受像機の問題ではない。スタジオ制作機器、信号圧縮技術、デジタル放送規格など、重要な補完技術の開発や採用が間に合わなかったからだ。

 テレビ・メーカー各社は、このようにHDTVを導入できる環境が整っていないところ、言わばガソリンや高速道路がないところに〈フェラーリ〉を売り込もうとしたのである。技術的には素晴らしかったが、消費者にその価値を届けられなかったのだ。

 10年以上経った現在、HDTVを利用できるインフラがようやく整いつつあるが、他に先駆けて受像機を開発したメーカーがこれを待っている間に、新しい放送規格や競争相手が現れて、すっかり環境が変わってしまった。カラーテレビの登場以後、HDTVは最大の市場チャンスといわれてきたが、いまやさまざまな競争相手と消費者を奪い合わなければならなくなっている。

 複数の企業がそれぞれ持てるものを提供し合い、一つのソリューションにまとめて顧客に提供するコラボレーションを「イノベーション・エコシステム」と呼ぶ。HDTVの歴史は、イノベーション・エコシステムがもたらす希望と危うさとを、まさしく象徴している。

 イノベーション・エコシステムは、ITのおかげで擦り合わせのコスト、すなわち取引コストが大幅に下がったことで可能となった。そして現在、さまざまな業界で成長戦略の中核的活動として定着している。

 代表的な例を挙げれば、インテル、ノキア、SAP、シスコシステムズといったハイテク企業となろうが、これらだけでなく、イノベーション・エコシステム戦略は、印刷、金融サービス、素材、ロジスティックス・サービスといった幅広い業界で採用されている。

 イノベーション・エコシステムが効果的に機能すれば、複数の企業が協力し合い、一社ではとうてい創造しえない価値を生み出すことができる。このようなシステムは「プラットフォーム・リーダーシップ」「キー・ストーン戦略」「オープン・イノベーション」「バリュー・ネットワーク」「組織のハイパーリンク」など、呼び名はさまざまだが、広く喧伝されているとおり、優れたメリットをもたらすことは間違いない。