組織の周縁で活躍する「ポジティブ・デビアンス」

 社員はみな凡庸で、医療費は膨らみ、部門間のいざこざが増える。このような状況を目の当たりにすると、いかなる努力も無意味な気がする。しかし、目を凝らして、よく見てほしい。凡庸な社員の陰で異彩を放っている人材はいないだろうか。彼ら彼女らは、個人であれ、一団であれ、全体のなかでは「浮いた存在」であり、使える経営資源や課せられた制約条件は他の社員と同じにもかかわらず、例外的に成功を収めている。

 チェンジ・マネジメントとは、言うなれば、現状と可能性の間の溝を埋めることである。通常、組織変革はこんな具合で進められる。まず問題の根本的な原因を調べ、外部から専門家を招くか、ベスト・プラクティスを採用するかして基本方針を決める。そして、各部門のリーダーたちを中心に改革を着手する。

 これは、我々の考えに照らす限り、最善の手法とはいえない。というのも、改革は、外部の力よりも、内部の力を利用したほうがよいからである。

 社内をつぶさに調べれば、普通の社員とはまったく異なるアプローチを用いて、より大きな成功を収めている社員が見つかるはずだ。我々がお勧めするのは、このような「ポジティブ・デビアンス」(positive deviance:実用的な例外、参考にすべき逸脱者)を社内の主流派へと押し上げることだ。

 それにはまず、経営者が自己変革しなければならない。目の前にポジティブ・デビアンスがいても、それに気づかない、たとえ気づいてもやり方がまずく、ポジティブ・デビアンスのアプローチをマニュアル化し、これをトップダウンで普及させる。これでは、改革に不可欠な熱意など生まれてくるはずがない(囲み「ベスト・プラクティスは嫌われる」を参照)。

ベスト・プラクティスは嫌われる

ベスト・プラクティスがうまくいかない理由

 ベスト・プラクティスやベンチマーキングといった手法とポジティブ・デビアンスのアプローチの間には一つだけ共通点がある。それは、どれも成功例をカンフル剤に、他のメンバーの学習を促すという点である。しかし、それ以外に共通点は見られない。

 ベスト・プラクティスを特定し、導入するのは、変革の当事者ではなく、外部の権力者である。そのせいからか、ベスト・プラクティスを導入すると、社員たちは「ほかの会社でやれたことが、なぜ君たちにはできないのか」と解釈しがちである。そして「そもそも状況がまったく違う」「彼らが成功したのは、たまたま条件が揃っただけで、そのような幸運は二度とない」と考えたりする。

 ベスト・プラクティスがなかなか浸透しないのも無理はない。つまるところ、ベスト・プラクティスは外から持ち込まれたものだからだ。

ジェネンテックの2人の営業ウーマン

 バイオ医薬品メーカーの大手、ジェネンテックでは最近、ポジティブ・デビアンスの可能性とベスト・プラクティスの弱点を端的に示す出来事が起こった。

 2003年、ジェネンテックは、慢性喘息の患者の多くに画期的な効き目がある〈ゾレア〉を発売した。一般の喘息薬は発作を鎮めるものだが、〈ゾレア〉は免疫系で増えるヒスタミンの量を調節し、発作が起こるのを予防する。おかげで患者たちは、発作と体力の消耗を心配することなく、日常生活を送ることができる。このように〈ゾレア〉は優れた薬である。にもかかわらず、発売から半年経っても、売上げはかんばしくなく、期待を大きく下回っていた。

 経営陣は、この不本意な結果の原因を突き止める過程で、まさしく例外的な成功例を発見した。全米で242人いる営業部員のうち、ある2人だけが平均の20倍を売り上げていたのである。ポジティブ・デビアンスの典型例だった。どちらも女性で、一緒にダラスとフォートワース地区を担当していた。彼女たちはさまざまな障害を乗り越えて、対象顧客の獲得に成功したのだった。

 経営陣はさらに詳細な調査を実施し、このような状況が発生した原因を解明した。もともとジェネンテックの主力製品は抗ガン剤である。腫瘍や肺の専門医は主に化学療法を施し、それゆえ患者に静脈注射を打つことに慣れている。しかし〈ゾレア〉の対象はアレルギー専門医や小児科医であり、静脈注射を打つことに慣れていない。それに静脈注射を打つには、専用の部屋、ベッド、専門の看護師が必要であり、いずれもなじみの薄いものばかりだ。

 この点に気づいたダラスとフォートワース地区を担当する2人のポジティブ・デビアンスは、座ったままの診察ではいっこうに〈ゾレア〉は利用されないと判断した。また、データでその薬学的価値をいくら説明しても無意味である。

 障害は水面下にあった。まず、医師たちは不慣れな作業を覚えなければならない。また、コストをカバーするには時間のかかる健康保険の手続きが必要であり、患者に余計なリスクを負わせるのも気が進まない。となると、医師の考え方と営業のやり方を改めるしかない。

 そこで、2人は医師と看護師に、まずこの薬を使う際の静脈注射の準備と投与の方法について説明し、事務員には、専用書類の書き方を説明した。また、この薬が患者の日常生活にどのような影響を及ぼすのかを宣伝した。というのも、この薬を投与すれば、喘息の子どもでもペットを飼ったり、屋外のスポーツに参加したりすることができるからだ。

 彼女たちはこうして、医師、看護師、事務員たちの視野を広げた。つまり、ジェネンテックの大勢の市場調査員が見逃していたことに気づいたのである。2人が成功を収めたのは、彼女たちが変革者だったからだ──。

上意下達ではなく自主学習を促す

 このように記すと、いかにもハッピーエンドに聞こえる。しかし実際は、惨憺たる結果だった。

 この例外的な成功は、人々を仰天させ、綿密な調査が始められた。経営陣は当初、彼女たちは不当に優遇されているのではないかといぶかり、担当地域やノルマの見直しまで考えた。しかし、外部の市場調査会社に依頼して、ようやく彼女たち、すなわちチェンジ・エージェントが発揮する効果を理解したのである。

 ところがその後、やはりベスト・プラクティスを社内展開し始めてしまった。ダラスとフォートワース地区の営業マネジャーが、電話会議で他の地区のマネジャーに手法を教えたのである。結果は、一部の営業部員に受け入れられた程度である。普及にも時間がかかった。

 優れた手法でも、自分たちで発見したのではなく、上から押しつけられると、「自分たちと彼らは違う人間である」「この方法は、ここではうまくいくわけがない」と主張するメンバーが続出し、拒絶反応が起こる。

 社内の知恵をみずから学習させる方法が望ましい。これが社員たちを尊重することにほかならない。そのうえ、改革者と他の社員たちは同じDNAを持っている。

 また、ポジティブ・デビアンスの発見を身につけようと、額に汗して取り組むことで、社員たちは変革のパートナーへと変わるのだ。

 そろそろチェンジ・マネジメントの方法を、抜本的に見直すべきである。社内で孤立している成功戦略を普及させるには、まずベンチマーキングやベスト・プラクティスから脱却しなければならない。

 そして、改革が求められる組織のメンバーたちにみずから新しい手法を発見させ、彼ら彼女らをその伝道者に仕立てるのだ。むろんリーダーは、従来のチェンジ・マネジメントのシナリオのなかで演じてきた役割とは異なる役割を担う必要がある。

 我々は過去14年間にわたって、これらポジティブ・デビアンスたちについて調べてきた。その多くは、社会や組織の周縁におり、改革の主流派とはまったく無縁の人々である。これら周縁の改革者たちは、他人とは違う振る舞いや試みを好み、その結果、普通の人には考えられない解決手法を見つける。そして、我々が提唱するチェンジ・マネジメントはこのような存在を前提にしている。