リーダーは常に時間が足りない

 会社というのは需要の増加に合わせて生産能力を拡大することができるが、リーダーはそうはいかない。自然界の制約に縛られるからだ。よくいわれるように「1日は24時間しかない」のである。多くの人は、一生懸命働けば生産性を高めることができると考える。だが、それはいつか必ず失敗するやり方だ。そのうち疲れ果て、アウトプットの総量が減り始め、ついには燃え尽きて退職に追い込まれる可能性が高い。

 筆者ら2人は、人と面談する機会が多いのだが、話しているうちに、相手のリーダーは困難な状況にあるのだと気づくことがよくある。彼らは、自分の率いる部署や会社を立て直そう、少しでもよくしようと頑張っている。重要なことばかりが並ぶ長いTo-Doリストを抱えており、概してそのリストの項目は日々増え続けている。彼らは皆、リーダーという役目が激務であることは承知しつつも、いまの状況はさすがに行きすぎだと感じている。しかもその状況は日々悪化している。

 本稿では、そのような状況にあるリーダーが現状を変えるための方法を示す。最初に紹介する「比較優位の原理」は、意外かもしれないが効果は大きい。筆者ら2人はリーダーの役目を引き受けた際、この原理に大いに助けられた。

リーダーの時間配分は「比較優位」で決める

 仕事に押し潰されそうなリーダーに我々が勧める処方箋を考えたのは、意外な人物である。それは19世紀の政治経済学者、デイビッド・リカードだ。ビジネスリーダーが時間配分を決める時、最も一般的な方法は、まず企業戦略に沿った重要性に応じてタスクを書き出し、上位の項目から時間が尽きるまで一つずつ対処していく、というものである。そして、時間切れで手が回らないタスクは部下に任せることになる。だが、実はそうではなく、リカードの提唱した「比較優位の原理」に従ってタスクの割り振りを決めるべきなのだ。

 この原理が生まれたのは1817年だが、現在でも国際貿易を説明する重要な原理と見なされている。国際貿易を行う際には、各国が貿易相手国に対して比較優位性のある製品(またはサービス)を輸出すべきだとする考え方だ。リカードが用いた有名な例で説明すると、ポルトガルは英国にワインを輸出すべきである。ポルトガルのほうが英国より日照時間が長く、ブドウの生産に比較優位性があるからだ(だがイタリアには輸出すべきではない。イタリアに対しては日照時間の比較優位性がないためだ)。一方で英国は、ポルトガルに羊毛を輸出すべきである。それは、英国の気候が羊の育成に最適だからだ。

 リーダーの時間配分にもこれと同様の原理が当てはまる。リーダーは、「極めて重要だから」という理由だけで何らかのタスクに貴重な時間を割り当てるべきではない。リーダーは「自分と同程度にうまく対処できる人が組織内に一人もいない(そもそも代理が可能だとしての話だが)」というタスクだけに専念すべきである。そして、リーダーはできるだけ多くの時間をそのようなタスクに割り当てるべきなのだ。

 これが筆者らの考える「勝つためのリーダーシップ」である。筆者ら2人がリーダーとして組織を立て直した時、その指針となった戦略的なロジックには、この比較優位の考え方が不可欠だった。

 2000年6月、本稿の筆者の一人であるアラン G. ラフリーがプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のCEOに任命された時、同社は危機に瀕していた。四半期決算では2期連続で収益が業績予想に届かず、株価は年初の半分にまで落ち込んでいた。ラフリーは2000年から2009年までの任期で会社を立て直し、その後2013年から2015年には取締役会の要請でCEOに復帰し、再び改革を主導した。P&Gを変貌させたその働きにより、ラフリーは同世代の中で最も優れたCEOの一人とされている。

 もう一人の筆者であるロジャー L. マーティンも、1998年にトロント大学ロットマンスクール・オブ・マネジメントの学長に就任した際、ラフリーと同様の難題に直面した。当時の同スクールは、資金も教授陣も大量流出が続き、「ミスマネジメント(経営失敗)学部」と揶揄されるほどだった。マーティンは任期中に、業績不振で全体的にちぐはぐだったこのビジネススクールを世界トップクラスの存在へと変貌させた。2013年には、ビジネススクール専門メディアであるPoets & Quantsで「年間最優秀学部長」に選ばれ、「この四半世紀で最も優れた数少ないビジネススクール学部長の一人」と紹介されている。