つながりを築くカギ

 クロード・グルニツキーは、世界最高クラスのネットワークを築いた人物だ。彼のあまりの逸材ぶりに、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)とコロンビア・ビジネススクールの両校が彼に関するケーススタディを出版しているほどだ(筆者はコロンビアのケーススタディを共同執筆した)。

 どちらのケーススタディも、グルニツキーがキャリアの過程において、どのように仕事上の人間関係を築き、維持したかについて論じている。その人間関係のおかげで、彼はヒップホップ音楽雑誌『トレース』を手がけるスタートアップを皮切りに、相次いで事業を立ち上げた。その中には広告会社や、現在190カ国で事業を展開しているメディアネットワークも含まれている。

 グルニツキーは現在、ベンチャーキャピタル企業であるエクイティ・アライアンスのCEOを務めている。同社は、創業者チームに女性または人種的マイノリティが少なくとも一人はいる企業への投資を戦略として掲げる。この戦略を実行するうえでカギとなるのは、グルニツキーが「社会資本プレイブック」と呼ぶものだ。彼はこれを活用して、投資先が強固な仕事上のネットワークを築くのを同僚とともに支援している。こうしたネットワークは、インフォーマルに「ビジネス上の友情」とでも呼ばれそうなもので構成されており、起業やベンチャーキャピタルになくてはならないものであるが、社会的に過小評価されているグループの出身者は、そうしたネットワークを持っていないことが多いと彼らは認識している。

 グルニツキー自身のアイデンティティは幅広く、多様性に富む。これまでに西アフリカのトーゴ、フランス、英国、米国に住んだ経験があり、父は有力政治家、母は貧しいお針子だった。両親は一度も籍を入れたことがなく、グルニツキーは子どもの頃、平日は父の住む豪邸で、週末は水道も通っていない母の質素な家で暮らした。彼の現在の関心事は多岐にわたる。心理学者のダニエル・カーネマンや、政治問題を扱うポッドキャスターのエズラ・クラインに心酔しているほか、ヒップホップグループ、ウータン・クランのファンでもある。本人は「いくつもの文化を行き来する」人間を自称する。

 筆者はコロンビア・ビジネススクールで、MBA課程の学生にソーシャルネットワーキングの授業を教えている。数年前にグルニツキーを招き、キャリアとネットワーキング(彼が好む表現を使えば、「社会資本の構築」)に対するアプローチについて講演してもらった。

 グルニツキーいわく、つながりを築くカギはまず、自身のアイデンティティを徹底的に理解することだ(筆者自身の研究でものちにその有効性が確認されている)。つまり、自分自身を定義する際に使う、相互に関連する要素をすべて洗い出す必要があるのだ。グルニツキーの場合ならば、父親や夫といった家庭で担う役割、CEOやジャーナリストという仕事上の役割、ジャズへの関心、カトリック信仰などがある。こうした自分の多面的なアイデンティティを特定できて初めて、多種多様なバックグラウンドを持つ人たちとの間に「共通性を見出す」ことができるとグルニツキーは続ける。ネットワークを築き、拡大するうえで、共通性が強固な基盤になるというのだ。

 以前の世代にとって、アイデンティティという領域にあえて足を踏み入れるかどうかは自由裁量で決めることができた。そもそも「アイデンティティ」という言葉が社会科学で自己認識を表す言葉として使われるようになったのは1950年代半ば以降のことであり、米国国勢調査で自分の人種をみずから選択できるようになったのは1960年になってからだ(それ以前は、調査担当者が判断していた)。

 しかし、社会科学者たちはその後、自己をどう認識するかがいかに重要かを理解するようになり、自己概念が公私にわたって個人の人生にどのような影響を及ぼすかについても包括的な調査を行ってきた。