規模の経済と差異の利用

 10年前、グローバリゼーションは、だれにも止めることができない奔流のごとく思われたものだ。しかしその後、情勢は一変し、かつてはグローバリゼーションを信奉し、グローバル企業の旗手と見なされていたコカ・コーラでさえ、いまではグローバル戦略に疑問を抱いている。

 1996年当時、コカ・コーラの元CEOで、いまは亡きロベルト・ゴイズエタは「国際事業、国内事業という区分けはもはや必要ない」と断言し、かつてない規模の標準化を実施した。

 これこそ「グローバルに考え、グローバルに行動する」(think global, act global)というキャッチフレーズで有名なグローバリゼーション・プログラムである。97年に彼が他界するまで、同社は総売上高の67%、総利益の77%を北米以外の地域で稼いだ。

 しかし、ゴイズエタの戦略は間もなく暗礁に乗り上げた。アジア通貨危機のためである。ダグラス・ダフトが陣頭指揮を執り始める99年末頃には、コカ・コーラの売上げは大きく落ち込み、株価はピーク時の3分の2近くまで下落した。時価総額にして約700億ドルが失われたことになる。

 そこで当時、ダフトの出した結論は180度方向転換する積極策であった。CEO就任に当たって彼は、「世界は劇的に変化した。成功するためには我々も変化しなければならない。飲料品にグローバル性は必要ない。喉が渇いた人が求めるのは、地域志向の〈コカ・コーラ〉である」と宣言した。

 しかし残念なことに、この「地域志向」というスローガンも、グローバルと同様にコーク市場において当を得たものではなかった。

 2002年3月7日付の『アジア・ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、「2年間の業績不振の後、『ローカルに考え、ローカルに行動する』というスローガンはついに過去のものとなった。今後はアトランタ本社が再びマーケティングを司る」と報じた。

 コカ・コーラは現在に至るまで、国内事業より国際事業で大きな利益を生み続けてきた。同社のようにグローバリゼーションに秀でた企業でも、事業環境の変化によって方針の転換を余儀なくされる。したがって、海外の売上げよりも国内のそれに頼っている大企業が直面する困難は想像に難くない(図「国際事業の不振」を参照)。

図 国際事業の不振
 1990年以降、大手企業各社の営業利益率の平均は、国際事業が国内事業を常に下回っている。しかも国際事業の売上げが、国内事業の売上げ減へのヘッジとして働くわけでもない。
 チャートからも明らかなように、国際事業と国内事業の営業利益率は、ほぼ同様に変動している。
 このチャートは、OECD(経済協力開発機構)のマイケル・ゲストリンによって提供されたデータを基に作成したもので、『フォーチュン』誌が発表する「グローバル500」から6年間以上のデータを入手できる企業を選び、これら合計147社の国際事業と国内事業それぞれの営業利益率を比較したものである。
 会計上、国際事業の営業利益率が常に国内事業のそれを下回っていたとしても、理論的には国際事業が企業全体の価値を高める場合もある。また、国際市場に参入することによって、国内の膨大な固定費から解放されるかもしれない。
 その一方、このように会計データではなく、株価に基づいて実施された最近の調査では、気になる結果が出ている。それによると、国際事業は概して業績を向上させるどころか、逆に損なわせるというのだ。
 当然ながら、このような調査報告には、何がしかの前提がつき物である。「ただしこのデータは」とか「ただし因果関係の推定は」といった具合だ。
 またいかなる調査でも、最終的な結果に表れてくるのは平均的な傾向であり、実際には多くのバラツキが存在している。しかも、そのバラツキは予測しうるものでもある。
 したがって、こうした調査結果から引き出すべき結論は、「企業単独で海外展開すべきではない」ということではない。正しくは「国内で利益を上げていれば、間違いなく海外でも成功するなどと油断せず、グローバリゼーションで価値を高める方法を懸命に模索すべきである」ということだ。