1. ためらいのしわ寄せ
第一のトレンドは、デジタル技術がもたらす利便性の裏側で高まる不信感だ。オンラインコンテンツの信憑性や、パーソナライズされた情報が本当に安全なのかという「ためらい」が、生活者の行動にブレーキをかけている。誠実な情報開示と、安全性を担保する仕組みづくりが、これまで以上に企業の信頼性を左右する時代になったといえる。
2. 親子間ギャップ
デジタルネイティブとして育った子どもたちと、その保護者との間に存在するデジタルリテラシーやリスク認識のギャップが顕在化している。親はネットいじめや有害情報から子どもを守りたいと願う一方、デジタル社会で生きる子どもたちの機会を奪いたくないというジレンマを抱える。企業には、子どもたちを危険から守りつつも、その成長機会を損なわない「ガードレール」となるようなサービスや仕組みの提供が求められている。
3. せっかちエコノミー
テクノロジーへの「ためらい」とは対照的に、より効率的に、より速く目的を達成したいという「ショートカット志向」も顕著になっている。企業は、単に効率的なサービスを提供するだけでなく、人と人との信頼関係を介したコミュニケーションを設計することで、この「せっかち」なエネルギーをポジティブな顧客体験へと転換する必要がある。
4. 仕事の尊厳
テクノロジーとのリバランスは、職場にも及んでいる。リモートワークの普及や生成AIの導入が進む中、従業員が「自分は歯車ではないか」「仕事を奪われるのではないか」といった疎外感や不安を抱くケースが増えている。小林氏は「テクノロジーと従業員の関係性においては、単に上から押しつけるのではなく、従業員にとって最善の働き方を明確に示すポリシーが不可欠です」と述べ、EX(従業員体験)の向上が急務であると警鐘を鳴らす。
5. つながりの再野生化
デジタルでのつながりが当たり前になったからこそ、五感を使ったフィジカルな体験や、現実世界での人との交流の価値が見直されている。企業は、デジタルとフィジカルの体験をいかに融合させ、顧客との感情的なつながりを深めていくかという視点が、他社との差別化を図るうえで重要になるだろう。
これらの5つのトレンドは、生活者がテクノロジーとの健全な関係を模索する中で姿を映し出したものである。企業はこの変化を的確に捉え、顧客との関係を見直す必要に迫られている。

アクセンチュア ソング本部
マネジング・ディレクター
顧客との関係を再定義する「CRM2.0」への転換
5つのトレンドで示された変化に適応し、生活者から選ばれ続ける企業であるためには、顧客との関係構築のアプローチそのものを根本から見直さなければならない。その処方箋として、小林氏が提示したのが「CRM2.0」という新たな概念だ。
CRMは、1990年代後半にアクセンチュアの前身であるアンダーセン・コンサルティングが提唱した概念である。しかし、当時は「データの統合の限界、リアルタイム性の困難さ、組織のサイロ化などが障壁となり、顧客との一対一の関係構築は困難でした」と小林氏は振り返る。この従来のCRMを「1.0」とするならば、「CRM2.0」は現代のテクノロジーをもって理想を追求し、顧客関係を進化させる試みだ。
小林氏は、「CRM2.0とは、人とテクノロジーが融合し、企業活動を根本から革新し、生活者との信頼関係構築を再定義すること」と説明する。
CRM2.0の世界では、AIエージェントを「バディ」(仲間、同僚)とし、データ分析、戦略立案、デザインといった多様な専門業務をこなす「多能工化された人材」が活躍する。組織の壁を越えてデータは統合され、デジタルツインのような仮想空間でのシミュレーションを通じて、顧客一人ひとりの状況を動的かつリアルタイムに理解し、最適な体験を提供することが可能になると小林氏は予測する。
では、企業はこのCRM2.0をいかにして実現すればよいのか。小林氏は、具体的な4つのステップを提示した。