ステップ1:データの受領・統合
生活者からより深いデータを提供してもらうには、信頼が不可欠だ。データのサイロ化を解消し、AIによってインサイトを深掘りすることで、あらゆる顧客接点において一貫した顧客体験を提供することが、企業が目指す理想の姿である。まずは社内に散在するデータを統合し、顧客を多角的に理解する基盤を構築する必要がある。
ステップ2:信頼・共感の獲得
かつては「十人十色」といわれたが、いまは一人の生活者が状況に応じて多様な価値観を見せる「一人十色」の時代だ。この複雑な内面を深く理解し、自社のブランドが提供できる価値やストーリーを再定義し、顧客の信頼と共感を獲得することが求められる。
ステップ3:横断的なプロセス改革
再定義したブランド価値を顧客体験として具現化するためには、テクノロジーと人の力を融合させた全社横断的なプロセス改革が不可欠だ。マーケティング、営業、カスタマーサービス、製品開発といったあらゆる部門が連携し、一貫した顧客体験を創出する仕組みを構築し、それを継続させなくてはならない。
ステップ4:cLTV(顧客体験価値)とLTV(顧客生涯価値)の両立
最終ステップは、施策の効果を正しく測定し、PDCAサイクルを高速で回すことだ。ここで小林氏は、新しい指標として「cLTV」(顧客体験価値)の重要性を強調した。cLTVは、生活者視点での企業価値を定量化する画期的な試みだ。購買履歴だけでなく、行動データや心理指標なども統合的に分析しスコアリングすることで、cLTVの向上が、LTV(顧客生涯価値)や企業収益にどれだけ貢献するかを予測するモデルをアクセンチュアでは構築している。
「Pause & Rebalance」の時代において、生活者は賢明に、そして慎重に企業を選別している。「一人十色」の複雑な価値観に寄り添い、真の信頼関係を築くことのできる企業だけが、これからも成長を続けることができるだろう。
AIが解き放つ「人」中心の深い顧客理解
アクセンチュアが提唱する「CRM2.0」をビジネス実装するには、顧客接点の最前線における高度な「実行力」が不可欠である。この重要な役割を担うのが、CXプラットフォーム「KARTE」を提供するプレイドだ。
同社執行役員CGOの桑野祐一郎氏は、CRM2.0の時代に企業が乗り越えるべき課題と、それを解決するデータおよびテクノロジーの具体的な活用法を、豊富な事例とともに示した。

プレイド
執行役員 CGO(Chief Growth Officer)
実行力の根幹を成すのが、顧客一人ひとりに対する深い理解である。従来の顧客分析は、購買履歴などのデータや、大まかなコンテンツカテゴリーといった軸で語られることが多く、顧客のインサイトを十分に捉えきれているとはいえなかった。プレイドが目指すのは、こうした「数字」の分析を超え、顧客という「人」に徹底的に向き合うことだ。
顧客理解の解像度を飛躍的に高めるカギが、AIエージェントである。桑野氏は、企業が抱える課題の一例として、データ活用のための「タグづけ」の限界を挙げる。コンテンツを有効に活用するには、精度の高いタグづけ(分類や検索を容易にするキーワードの付与)が必要不可欠だが、「ウェブサイト上のすべてのコンテンツに人がタグをつけて情報を収集するのは、現実的ではなく、データを継続的に更新していくのは難しいでしょう」(桑野氏)。
マンパワーでのタグづけは、膨大な工数がかかるだけでなく、担当者の主観が入り込む余地がある。結果として、本当に価値のある示唆を見逃してしまう可能性があった。プレイドは、この課題をAIエージェントによって解決しようとしている。AIが画像やテキストを自動で解析し、多次元的なタグを生成することで、これまで思いつかなかった切り口でコンテンツと人の行動をひもづけることが可能になる。つまり、人の行動の背景や前後関係、価値観といったコンテクスト(文脈)をAIが理解して新たなインサイトを導き、そのインサイトに基づくパーソナライゼーションを可能にしたり、そこでのコンテクストをデータ化して取り扱えるようにしたりするのである。プレイドではこのAIを「コンテクストエージェント」と呼び、すでに複数のPoC(概念実証)を実行している。
コンテクストエージェントによる顧客理解の進化は、企業のマーケティング活動を変革する。たとえば、あるユーザーが閲覧した複数の記事やコンテンツから、「植物観察」「戦国時代の歴史」「おしゃれなデート」「B級グルメ」といった自然言語によるタグが抽出される。これにより、企業はこれまで捉えきれなかったユーザー個人の趣味・嗜好、価値観の解像度を劇的に向上させることができる。
「たとえば、『おしゃれなデート』に関心があるユーザーをグルーピングし、そこから新たな示唆を導き出すといったことが可能になります」と桑野氏は語る。ミクロな理解から新たな顧客セグメントを発見し、きめ細かいアプローチへとつなげられるのだ。
さらに、コンテクストエージェントによる顧客理解は、レコメンデーションや検索体験の質も変えうる。プレイドがアパレル事業者と行っているPoCでは、「春の北海道に着ていける服」といった、抽象度の高い検索クエリに対し、AIが商品の画像データやスペックを解析し、最適な商品を提示することに成功している。これは、顧客が頭の中で描く曖昧なニーズを、企業が先回りして理解し、それに応える時代の到来を予感させる。「自分のことを理解してくれている」という体験そのものが、差別化された顧客価値となるのである。