株主価値経営へと舵を切る

 ロイズ銀行経営陣の転機、それは1986年、我々がカリフォルニアで展開されていたリテール業務の売却を決めた時に訪れた。

 74年、その銀行を買収した当時は、イギリスの国内市場を離れた健全な多角化であると持てはやされ、なお経営陣のなかには、ロイズ銀行カリフォルニアを、世界で最も豊かで、最も強大、そして最も著しい成長を遂げている経済圏アメリカにおける重要な足場と見ていた者も少なからずいた。

 しかし、この市場がいかに魅力的であろうと、我々にそこでの競争優位がまったくないことが問題だった。市場シェアは取るに足らず、バンク・オブ・アメリカのような巨人を相手に競争するなど論外だったのだ。

 あれほどまでにダイナミックに成長している市場から撤退するとは何とも意気地がないと、経営陣内に大論争が巻き起こった。なかには撤退という言葉にこだわるあまり、感情をむき出しにして、「カリフォルニアから撤退したりしないでしょうね。何と言われるか、わかったもんじゃありませんよ」などと凄む者もいた。

 しかし結局、だれもこの事業にしがみついている経済的根拠を挙げられなかった。計算したところ、このカリフォルニアの銀行は自己資本コストも稼ぎ出していないうえに、ポテンシャルの高い市場であるにもかかわらず、利益が大幅に向上する見通しが立たなかったのである。そこで売却に踏み切ったところ、さる日本企業が大金で買い取ってくれたおかげで、ロイズの株価は一夜にして跳ね上がった。

 ロイズ銀行にとって、これは決定的な出来事だった。株主価値経営とは困難であるばかりか、辛い選択を伴うという不可避の事実が浮き彫りにされたからだ。ただし、この原則は同時に報われることもはっきりした。

 株主の利益を最優先──たとえば、焦点を成長から収益に移す──にする気概を与えてくれたばかりか、富を復活させる礎ともなった。事実、ロイズ銀行のCEOに私が指名された83年から退任する2001年の間に、ロイズの時価総額は10億ポンドから400億ポンドに増えている。