CEOファクターとしての「ラーニングアジリティ」
仁科 変化に対応できる人材を育成・開発する場として、我々は東京大学生産技術研究所の菅野(裕介)研究室と共同で「アンラーニング・フォーラム」を立ち上げました。イノベーションを起こすためには、仲間を巻き込み小さな成功体験を積み重ね、そのうえでアンラーニング、つまり既存の成功体験や知識をいったん脇に置き、新しい視点で物事を捉え直して変化を起こすことが必要ではないかと考え、その理論と実践を結び付ける共創の場をつくろうとしています。
今後は、そうしたアンラーニングができる人物がコミュニティや組織の中心になると仮説を立てています。チャーミングさのある人を採用し、アンラーニングを学ぶフレームワークや、仕事を通じたアンラーニングの機会を提供することで、その人がさらにチャーミングになっていけば、スタジオゼロはリーダー人材育成機関としての役割を発揮できるのではないか。このような検証を進めている段階です。
山口 人材開発の分野では、「CEOファクター」についての研究が進んでいます。現場の優秀なリーダーとCEOとして成果を上げられる人の違い、別の言葉を使えばハイパフォーマーとハイポテンシャルの違いは何かという研究です。
CEOファクターはいくつかありますが、特に重要なのが「ラーニングアジリティ」、要するに脱学習と再学習のスピードです。従来のやり方でうまくいかなくなった時、ラーニングアジリティがある人は、自分の経験や思考様式をすぐにリセットし、新しいやり方を取り入れることができます。
AIの最大の弱点の一つは、ラーニングアジリティが低いことです。なぜなら、AIは世の中の膨大なデータを学習し、統計的な確からしさで物事を判断するからです。世の中の潮目が変わった時、それを敏感に察知し、過去のデータや事例はなくても「ちょっと試してみよう」と判断する能力は、AIにはありません。ですから、ラーニングアジリティは今後さらに重要なファクターになってくると思います。
仁科 世界中の情報にアクセスするハードルがどんどん下がって、情報アセットの多寡による競争力の差は薄まる一方です。その代わりに、どんな「問い」を立て、どれだけ早く「実行」し続けられるかが、競争力の違いを生む時代になっています。
山口 かつては、政府や金融機関、シンクタンクと深くつき合っている企業が多くの情報を集めることができ、より的確な戦略を立てられました。情報の非対称性が競争優位につながっていた時代です。しかし、インターネットやAIの普及により、その非対称性が崩れたいま、情報から得た示唆を実行につなげるスピードや、トライアル・アンド・エラーのサイクルをどれだけ速く回せるかといった点が、競争優位の源泉になっています。
仁科 実行の局面においては、山口さんの言葉で言えば「みっともないことをしているか」、我々の表現を使うと「恥に向き合っているか」(*)が重要になります。失敗したり、できないことがあったりすると、誰でも恥ずかしい思いをします。しかし、それは挑戦したからこその経験であって、挑戦しない人は恥ずかしさに向き合うことすらできません。
いまはインターネットやAIで「正解っぽいこと」がすぐに見つかるので、わかったような気になってしまうのですが、「じゃあ、やってみて」と言われると、失敗して恥をかくのが嫌だからと、ためらってしまう。
そんな時代に、我々は「前向きな失敗をどんな組織よりもたくさんしているチーム」でありたいと思っています。周りから「失敗ばかりしている」と笑われるかもしれません。でも、「あいつら、やけに楽しそうに失敗しているな」「たまにホームランも打っているみたいだぞ」となれば、「失敗するのって、もしかしたら悪くないのかもしれない」と周りが思い始めるはずです。
みんなが失敗を恥ずかしいと思っている時代だからこそ、社会を変えるには、失敗を恐れない存在が必要だと思います。
* STUDIO ZEROの組織内行動指針「零道」に掲載されているフレーズ。
山口 リクルートがいまでも日本のスタートアップ文化に大きな影響を与えているのは、さまざまな失敗を経験してきた会社だからです。かつては、プロジェクトが失敗すると「いやあ、はなばなしく散ったね」と打ち上げをやっていたそうです。挑戦する機会がたくさんある会社だからこそ、失敗もたくさん生まれる。(創業者の)江副浩正さんがそうした文化を築き、それがリクルート出身の経営者へ、そして彼らの影響を受けた人々へと、まるで親から子、孫へと受け継がれるように広がっていきました。
試してみて失敗するのって、本来は楽しいことですよね。なぜ楽しくないのかというと、失敗に対してペナルティが与えられるからです。それは、組織や社会が与えている。子どもは、すごく楽しそうに失敗します。それが大人になるとできなくなるのはなぜか、という問いに行き着きます。
「どうせ文化」から脱却し、100年後からいまを見る
仁科 人口も経済も右肩上がりだった時代と異なり、人口が減り、経済が停滞するいまは、何か新しいことに挑戦しても「どうせ」うまくいかない、という「どうせ文化」が蔓延してしまっているように感じます。人口減少・経済低迷の時代に、失敗をどのようにデザインしていくかは、非常に興味深いテーマです。みんなが「どうせ」と言っている脇で、我々がたくさん失敗し、たまにホームランを打つというポジショニングで世の中に火をつけることができれば、後世にさまざまなバトンを渡せるのではないかと思っています。
山口 自動車や自動洗濯機が発明された時代は、社会に共通するわかりやすい問題が多く、解決策の「打率」も高かった。しかし、いまは問題が分散化していて、解決策が見えにくくなっています。だから、社会全体として打率は低くならざるをえない。打率が低い中でヒットの数を維持しようと思ったら、社会全体で「打席に立つ回数」を増やすしかありません。
アメリカがなぜ成長し続けているのか。誤解を恐れずに言えば、あの国はカジノのようなものだからです。ルールが明確で、出入り自由、勝つのも負けるのも自己責任。それゆえに、人の流動性が非常に高く、新しいチャレンジの数が多いのです。そして、お金や地位がある人が、若い人やチャレンジしている人に“賭ける”ことによって、社会全体の「打席数」が増え、ホームランやヒットの数が増える。トランプ政権でこの先どうなるかわかりませんが、少なくともいままでは、これがずっと繰り返されてきたわけです。
日本は、高齢者ほど金融資産を持っています。その最もいい使い方は、若い人に投資し、挑戦できる機会を増やしていくことです。
日本の企業が、創造性を高めるために何かを考える時、しばしば「足し算」の発想になりがちです。創造性を高めるために社員に新しいことを学ばせようとか、創造性が高いといわれる会社の真似をしてみようと、足し算で考えてしまう。しかし、人は生来、創造性が豊かで、放っておけば何か新しいことを試したり、つくってみたりしたくなるものです。だからこそ、「引き算」の発想で、創造性を阻害しているものをなくしていくほうがはるかにいい。
仁科 障害物を取り除けば人の挑戦が加速し、産業や社会の変革も加速されますね。
山口 100年前の日本を振り返ると、貧富の格差はいまのアメリカよりも大きかったし、医療アクセスは悪く、女性に参政権がないなど、いまでは考えられないようなことが当たり前にありました。
逆に100年後の人たちの視点からいまの日本を見ると、「これはひどい」と思うことが多々あるはずです。それを一つひとつ解消していけば、私たちの孫やひ孫が、「令和の初めの頃はずいぶんひどかったらしいけど、いまはよくなったね」と思えるような変化を起こせるはずです。100年あれば社会は変えられる。そう考えれば、さまざまなチャンスが見えてきて、創造性が刺激されると思います。
仁科 そうですね。私たち自身も、100年後にバトンをつなぐための人や文化の育成を実践していきたいですし、同じ志を持つ仲間や組織と連携して、その動きを広げていきたいと考えています。
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