戦略の整合性と柔軟性を両立させる

 皆さんもすでによくご承知だろう。CEO(最高経営責任者)がすべてを決めるような仕組みを改めて、意思決定を分権化させると、さまざまなメリットが生じる。

 まず、移ろいやすい事業機会をスピーディにつかむことができる。顧客の嗜好が微妙に変化しても、それを製品やサービスに確実に反映させることができる。エンパワーメントの効果によって、社員がイノベーションを追求し、積極的にリスクを取るような姿勢を持つ──。

 意思決定を分権化することは、特に変化の激しい事業環境の下では大きな意義がある。ただし、必然的にリスクも伴う。だれもが意思決定を下すような組織は、コントロールが利かなくなる危険と背中合わせであるからだ。分権化を行ってなおかつ整合性の取れた戦略を推し進めるのは、きわめて困難なことである。

 にもかかわらず、一部の企業はそれを成し遂げている。ゼネラル・エレクトリック(以下GE)、アメリカ・オンライン(現AOLタイムワーナー:以下AOL)、ザ・バンガード・グループ(以下バンガード)、デルコンピュータ(以下デル)、ウォルマート・ストアーズ(以下ウォルマート)、サウスウエスト航空、イーベイ……。

 これらの企業に共通するのは、「ストラテジック・プリンシプル」を持っていることである。すなわち、戦略のエッセンスを覚えやすいフレーズにまとめ、全社に浸透させることで、戦略に沿った行動を引き出しているのである(囲み「ストラテジック・プリンシプル──成功へのキー・フレーズ」に具体例を示してある)。

ストラテジック・プリンシプル
──成功へのキー・フレーズ

すでに何社かの企業が、戦略のエッセンスをわかりやすいフレーズ(ストラテジック・プリンシプル)にまとめている。それらは、全社的に一貫性のある戦略を推進するうえで大きな役割を果たしている。

企業名:ストラテジック・プリンシプル
AOLタイムワーナー:人と人をつなぐ──いつでも、どこでも
デルコンピュータ:ダイレクト
イーベイ:オンライン・オークション事業に全力を傾ける
ゼネラル・エレクトリック:市場で1位または2位を占める。さもなければ撤退する
サウスウエスト航空:近距離航路のお客様ニーズに、マイカー旅行と遜色ない運賃で応える
ザ・バンガード・グループ:ファンドの所有者のためにベストを尽くす
ウォルマート・ストアーズ:エブリデイ・ロー・プライス

 ストラテジック・プリンシプルは、筆者たちの知るところでは10社ほどが設けており(ただし、それぞれの社内では「ストラテジック・プリンシプル」と呼んでいるわけではない)、常に高い成果をもたらしている。現在のように事業環境が目まぐるしく変わる時代には、その意義はとりわけ大きいのではないだろうか。

 実際、筆者たちは、この2年間に50人を超えるCEOと接するなかで、ストラテジック・プリンシプルの威力に──戦略の整合性を保ちつつ、事業機会をスピーディにつかんだりイノベーションを追求したりするフレキシビリティを育てる力に──感銘を受けるようになった。ストラテジック・プリンシプルは、繁栄を目指す企業にとって、今後よりいっそうその重要性を増すことだろう。

戦略のエッセンスを抜き出して社員に伝える

 ストラテジック・プリンシプルとは何だろうか。どのように活かせばよいのだろうか。そのヒントは軍隊の規律のなかに見出すことができよう。

 イギリス海軍では18世紀、フランスと戦った、かのネルソン提督の下で「敵艦のそばをけっして離れてはならない」というシンプルな原則が貫かれていた。イギリス海軍は、優れた操艦術、訓練、豊富な経験のおかげで、他国の小規模な艦隊と対峙すると必ずといってよいほど優位に戦いを進めることができた。

 このためネルソンは、それまで常識とされていた旗信号による各艦への指示を「実戦的ではない」との理由で廃止し、艦長に戦術上の留意点のみを伝えるようにした。艦長たちは敵艦と一対一の局面を打開しなければならないということを肝に銘じているのだから、どのような作戦を取るかは彼らに任せようというわけである。