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ゲノムの解読が産業を融合させる
1990年、アメリカ政府は、史上最も大規模かつ野心的な生命科学プロジェクトを開始した。ヒトゲノムの解読である(囲み「ヒトゲノムとその解読」を参照)。エネルギー省と国立衛生研究所を中心とした同プロジェクトは、20億ドルの予算を獲得し、ほどなく世界各国350カ所の研究所が参加するようになった。
ヒトゲノムとその解読
●DHBR編集部
人間の個々の細胞の中には、23対の染色体があり、その上に約10万個の遺伝子が刻み込まれている。遺伝子の情報は、生命の基本設計図とも呼ばれ、人間の基本的な形や髪の毛や肌の色、病気のなりやすさといった、個人の特徴を決めている。この設計図に書かれたすべての情報をゲノムと呼ぶ。
このゲノムを解読しようとする国際ヒトゲノム計画は、日米欧など6カ国の大学や国立研究機関が参加して1990年から始まった。この計画では、当初2005年までの解読完了を目標としていたが、解析装置の性能向上やセレーラ・ジェノミクス(以下セレーラ)独自の解読作業の追い上げにあい、目標を2003年に前倒しした。しかし2000年6月初めにセレーラが月内の解読完了を発表したため、これに合わせて6月末に「解読作業の終了」の会見が行われた。
本稿は、HBR2000年3-4月号掲載の論文で、この時点ではゲノム解読は完了していない。
解読の完了は2005年を目標としたが、作業は遅々として進まなかった。目標期間の半分が経過した97年の時点で、予算の90%を費やしていたものの、配列を正確に解読できたのは全体の2.68%にすぎなかった。
そして98年5月、同プロジェクトを代表する科学者の一人、クレイグ・ベンターが爆弾発言を行う。
ゲノム解読をはるかに迅速かつ効率よく進められるという確信の下、ベンターはパーキンエルマーと提携してセレーラ・ジェノミクス(以下セレーラ)という会社を設立し、2000年までにゲノム解読を完了させる、その際公的資金にはいっさい頼らないと宣言したのだ。
『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』はその特集のなかで、ベンターの計画の無謀さを次のように表現した。
「民間企業がNASAよりも先に人間を月に到着させる、あるいは、新興企業が世界最初の原爆を製造するようなものだ」
ベンターは、ヒトゲノムの解読を科学の世界からビジネスの世界へとシフトさせることで、一つの事実──これは今日ビジネスに携わるすべての人々に影響を及ぼすだろう──を強調することになった。
すなわち、「遺伝子工学における進歩は、人間や社会にとって劇的な意味を持っているだけでなく、グローバル経済の広範にわたって各産業を再編するだろう」という事実だ。
アグリ・ビジネス、化学、医療、製薬、エネルギー、コンピュータといった具合に、産業は明確に分類されていたが、いまやその境界はあいまいになり、融合しつつある。ただしそこから、確実に世界最大の産業になるだろう「生命科学産業」が誕生するはずだ。
すでに、モンサントやデュポンといった巨大グローバル企業から、ジェロンやアドバンスト・セル・テクノロジーといった新興企業に至るまで、生命科学に自社の将来を賭ける企業は多数存在している。みな、生命の暗号を解読できれば、事実上、無限のビジネスチャンスが開けると信じている。



