エフピコが描く将来像、変革を支える「3つの軸」

志村 今回の刷新は、貴社が目指す「完全自律型IT組織」の実現に向けた重要なステップだったのですね。

橋本 その通りです。「完全自律型IT組織」とは、要件定義から設計、開発、運用、保守まで、システムのライフサイクルすべてを自社で完結できる組織のことです。事業戦略とITを直結させ、迅速な意思決定と実行を可能にすることが狙いです。

エフピコ 執行役員
情報システム本部 本部長
橋本祐希
YUUKI HASHIMOTO

 要するに、要件定義から実装、運用、改善までを小さなチームで連続的に回し、変化を日常化する「自走力」を核とした組織体であり、仕様・設計・コードが透明化されたホワイトボックスで資産化し、意思決定のリードタイム短縮と学習の循環を実装します。
多くのシステムではすでにこの体制を実現していましたが、生産管理システムは最後の重要なピースでした。今回の刷新は、その実現への総仕上げと位置づけています。

志村 「完全自律型IT組織」への変革は、どのような方針で進められたのでしょうか。

橋本 我々は「3つの軸」で取り組みました。

 第1軸は、モダナイゼーションとナレッジシフトです。今回のプロジェクトを単なる技術更新ではなく、「知の継承」の機会と捉えました。従来の担当者2人に加え、新たに若手を中心とした7人のメンバーをアサインし、チームを9人に増強。3年間のプロジェクトを通じて、ベテランの持つ「暗黙知」を文書化し、若手との協働を通じて確実な知識移転を図っています。

 第2軸は、内製化能力の強化。新しいシステムは、自分たちで開発・カスタマイズできることが前提でした。プロジェクト期間を通じて社内エンジニアのスキルアップを図り、段階的な開発権限の移管を進めています。これにより、従来はベンダー依存だった改善作業も自社で迅速に行えるようになります。

 そして第3軸が、AI活用範囲の拡大です。定型業務の自動化に始まり、すでに実施している需要予測の精度向上、さらには設備保全や予測分析、意思決定支援といった戦略的な領域でのAI活用を段階的に拡大していく計画です。

志村 プロジェクトを進めていくうえで、ご苦労や課題もあったのではないでしょうか。

橋本 変化に抵抗は付き物です。20年間安定稼働したシステムの変更は、蓄積された追加開発の仕様の解明などが技術的にも困難ですし、新しいシステムに慣れるのには時間もかかります。技術や組織の面だけでなく、心理的にも抵抗が少なからずあったのは無理もありません。

 ですが、幸いなことに経営陣からは強力なサポートを得ることができたので、プレッシャーに感じることはありませんでした。これが、プロジェクトを成功させることができた要因の一つだと思います。

志村 生産管理システムの刷新という3年にわたるプロジェクト期間中、特に印象的だったのは、刷新に当たって「業務プロセスについては、一切変えない」という方針を貫かれたことです。普通は「せっかくシステムを新しくするのだから」と、業務改革も同時に進めがちです。なぜ、あえて「変えない」選択をされたのでしょうか。

橋本 それは、現場の混乱を最小限に抑え、安定稼働を最優先したからです。繰り返しになりますが、システムの担当者だけでなく、全国の工場で実際にシステムを使う業務担当者たちも、二十数年間ずっと同じ画面、同じ操作に慣れ親しんできました。いきなりまったく違うものを導入すれば、教育コストが膨大になるだけでなく、心理的な抵抗も大きい。最悪の場合、業務がストップしかねません。

 そこで私たちは、「まずはいまのやり方をそのまま踏襲できるシステムへ移行する。ただし、その土台は将来のあらゆる変化に柔軟に対応できるものにする」という戦略を取りました。

志村 なるほど。その戦略が、驚くほど静かな本番稼働につながったのですね。

橋本 その通りです。生産管理システムの本番稼働とは思えないほど、大きなトラブルもなく、問い合わせも非常に少なかった。これは、方針が正しかったことの証左だと考えています。