GLP-1薬は私たちの生活と産業にどのような変化を起こしているか
HBR Staff; Winslow Productions/Getty Images
サマリー:GLP-1受動体作動薬は、生物学的な変化を起点に、食品やウェルネス、小売り、旅行まで、消費者行動と産業構造に変化を起こしている。この変化は大きな技術革新に匹敵する規模で進行しており、企業は消費者の習慣や志向を見極めるための新しいフレームワークを求められている。本稿では、こうした変化がどこまで広がっているかを明らかにし、今後企業がどのような対応を求められるのかを説明する。

GLP-1は我々の何を変えているか

 ブロックバスター薬の革新が数十年にわたり人々の健康を改善してきた一方で、いま、オゼンピックやウィゴビーのような GLP-1受動体作動薬が、より広範な領域、すなわち消費者経済を変えている。もともと糖尿病向けに開発され、現在では減量目的で処方されることも増えているこれらの薬は、単に身体的健康や体格に影響を与えるだけではない。どのように食べ、買い物をし、動き、自分自身を認識し、意思決定を行うかといった集合的な行動を変革させ、ビジネスリーダーにとっても重大な意味をもたらしている。

 初期の動きを見ると、GLP-1受動体作動薬は、主要な技術的革新に匹敵するほどに、消費者行動や経済の変化を引き起こしている可能性がある。たとえばオゼンピックに対する消費者の関心は、アイフォンや他の多くの人気テック製品の検索トレンドよりも速く拡大している。しかし、それらのデジタル革新とは異なり、この破壊は生理学的なものである。生物学から始まるこの変容は、これまでヘルスケアから切り離されていたカテゴリーへと連鎖し、食品、ウェルネス、美容、小売、旅行といった産業間の境界を曖昧にしている。

GLP-1薬はすでに家計の支出構造を変えつつある

 プライスウォーターハウスクーパース(PwC)がニューメレーターの消費者データを分析したところ、GLP-1薬使用者は食べる量が減り、それに伴って全体の消費量も減っていることが示されている。米国の1万1000世帯以上を対象とした分析では、GLP-1薬使用者が食料品の購入を主に担っている世帯では、食料品支出が最初の12カ月間で6~8%減少していた。これは、通常ゆっくりと予測可能に推移するカテゴリーにおける急激な縮小だ。同時に、世帯全体の支出は2〜3%の減少に留まっており、節約分の一部が他のカテゴリーへ再配分されていることを示唆している。

 食品購買をさらに詳しく見ると、GLP-1薬使用者はカロリーが高く利便性を重視した商品から、機能性があり栄養価の高い商品に支出するようになっているように見える。自分へのご褒美や衝動買い、購入頻度を基盤としてきたブランドにとって、これは単なるダイエットの流行ではない。購入量やロイヤルティに支えられた長年の需要モデルに対する直接的な挑戦となる可能性がある。

消費者のアイデンティティ、習慣、優先事項が再定義されつつある

 GLP-1薬の影響は食品業界だけに留まらない。隣接するカテゴリー全体でも変化が表れ始めている。アパレルでは、治療開始からおよそ半年後に支出が実際に4~5%増加している。これは一部、洋服の買い替えによるものだが、多くの使用者は自信の回復や、内面と外見を一致させたいという思いを語り、 よりフィットした、表現力のある、アクティブなスタイルを選ぶ傾向が強まっている。この変化は単なる新しい外見以上のものを示している。それはアイデンティティ、ステータス、自己表現との新たな関係を反映している可能性があるのだ。

 フィットネスでも同様の傾向が見られる。ジムの会員登録や機器の購入は治療初期に急増し、身体を動かそうとするモチベーションの高まりを示している。熱意はやがて落ち着く可能性はあるものの、より大きな流れとしては、健康やウェルネスの優先順位が再編されつつあり、パフォーマンス志向から日常的な習慣へ、憧れの姿勢から維持を重視する姿勢へと移行している。ただし人々の反応には幅があり、GLP-1薬の効果の高さから、むしろ運動量が減ったという人もいる。

 外食行動も変化している。ファストフードやスナックへの支出が減る一方で、フルサービス型レストランの利用は増えている。消費者は全体として食べる量が減っている可能性があるが、より社交的で、体験性があり、意図をもって選ぶ食事にお金をかけるようになっているのである。旅行業界にも同様の初期兆候が見られ、ウェルネス志向の休暇やフィットネス休暇の人気が高まりつつある。さらに、乗客の体重が減ることで、将来的には航空会社が燃料消費量を削減できる可能性さえある。

波及効果はどこまで広がるのか

 約10万世帯を対象とした大規模なデータによれば、そのうち14%が現在GLP-1薬を使用していると回答しており、24%が費用や保険適用、錠剤や年1回の注射といった代替手段へのアクセスが改善されれば使用を検討すると答えている。加えて、GLP-1薬は不妊治療、依存症、心疾患といった他の健康課題への処方も増えつつある。そのため導入拡大の余地は依然として大きく、特に費用の低下や錠剤形態の普及、認知の広がりとともに、加速するだろう。

 とはいえ、波及効果がどこまで広がるのかはまだ見えていない。美容やフィットネス、ホスピタリティ、生命保険など、隣接する業界への影響も考えられる。さらに、疑問も増える。食欲やモチベーション、自己認知が大規模に変化した時、贅沢や利便性、エンターテインメントを軸に成り立ってきた産業はどうなるのか。栄養分野ではどのような新しいビジネスモデルが生まれるのか。自己表現や身体活動、体験を中心に据えた新たな企業はどのような姿になるのか。消費が減ることで持続可能性にはどのような影響が生じるのか。製薬、栄養、ライフスタイルの交差点では、まったく新しい産業が生まれる可能性すらある。

 さらに、従来はヘルスケアと結びつくことのなかったカテゴリーにも初期の変化が見られる。デジタル恋愛プラットフォームは、ユーザーが自分をどう見せ、何を重視するかの変化に合わせて調整を進めている。航空会社は座席配置や機内食の見直しを迫られるかもしれない。飲食を中心とした社会的な慣習が変化する中で、アルコール企業やエンターテインメント企業にも影響が及ぶ可能性がある。こうした変化は単なる副作用ではなく、アイデンティティ、欲求、消費のあり方が根本から組み替えられている兆しである。

予測ではなく計画である

 経営層は GLP-1薬に関するあらゆる話題を追いかける必要はないが、消費者行動の基盤がどう変わりつつあるのか、そしてその変化が自社にとって逆風になるのか、それとも新たな機会を生むのかを理解するためのフレームワークは必要である。これは予測の問題ではなく、計画の問題である。どの消費習慣が脆弱で、どのような志向が芽生えつつあり、自社の領域においてリアルタイムで書き換えられる需要曲線への備えを欠いているのはどの分野かを見極めることが重要である。

 このテーマに取り組む組織を支援してきた経験から、注力すべき活動は3つある。第1に、すでに影響が表れている事業領域を、規模の大小やプラス・マイナスを問わず評価し、集約することである。データが完全でなくても、リーダーが継続的に確認すべき重要な兆しを見つけておくことが欠かせない。実際、筆者らが支援する企業の中には、すでにGLP-1薬の波及効果を追跡し、カテゴリー別の売上がどこで減少し、どこで増加しているかを観察したり、人々の習慣の変化をつかむためにカスタム消費者パネルを分析したりしているところもある。ある家庭では炭酸飲料の消費量が減り、別の家庭ではスナックの購入量が減るといった小さな変化でも、組み合わされることで、家庭における欲求や需要曲線がどのように再プログラムされつつあるのか、その初期像が浮かび上がってくる。

 その基盤が整ったら、行動変化が現在の事業にどのように影響しうるか、また現在のポートフォリオ外にどのような機会が現れる可能性があるかという点で、GLP-1薬が今後2~3年でどこへ向かうかを見通すべきである。将来には複数の軌道がありうるため、多くの組織はこれをシミュレーションやシナリオプランニングとして実施することになるだろう。すぐにでも取るべき明白なアクションがあるかもしれないし、今後数カ月間注視すべき機会もあるだろう。

 最後に、人口の中で拡大しつつあるこのセグメントに対し、その基礎にある行動変化をより認識し、理解できるよう、チームを教育し、鍛えることである。多くの消費財産業では、私たち全員がどのように商品やサービスを検索し、購入し、消費するかについて、多くのことを当然の前提としている。消費者行動についてより深く掘り下げて洞察を得ようとする企業は、実質的な優位を手にすることができる。

GLP-1はどこまで進むのか

 GLP-1薬使用の影響は、リテールや食品から保険、ウェルネスに至るまで、消費者行動に結びついた産業全体の需要をすでに再形成している。現在の14%という世帯浸透率は、あくまで出発点にすぎない。費用、入手性、剤形(たとえば錠剤や年1回の注射など)、保険アクセスといった障壁が取り除かれれば、導入は加速し、ビジネスリーダーにとっての経済的・戦略的インパクトはさらに強まる可能性がある。

 これは一過性のトレンドではない。GLP-1薬は人間行動に深い変化を引き起こしている。すでに、人々が自分自身をどう捉え、何を購入するかを変えつつある。そして、このような生物学的変化が大規模に起きると、消費パターンも同じく変化する。スマートフォンを思い出してほしい。発売当初、ライドシェアアプリやソーシャルメディアの誕生を予測した者はほとんどいなかった。同様に、食欲抑制が経済全体にもたらす影響を、私たちは過小評価している可能性がある。GLP-1薬は単に肥満を治療しているのではなく、「欲望」を再プログラムしているのである。

 これを真剣に受け止め、リアルタイムの健康データや需要予測を取り込みながら製品やサービスを適応させるリーダーは、次の価値創造の時代をつくることができるだろう。注力すべきなのは、単一の結果を予測することではなく、複数のシナリオに備えることだ。

 問題は、この生物学的変容が自社の産業に影響を与えるかどうかではない。データは、それがすでに起きていることを示している。問題は、自社が知的な適応を通じて先頭に立つのか、それとも「食欲の経済」において、変化する消費者の優先事項をいち早く理解した競合に後追いで反応する立場になるのかという点である。


"How GLP-1 Medications Are Changing Consumer Behavior," HBR.org, October 17, 2025.