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複雑系の理論
今回は、「未来の世界標準の経営理論」として、複雑系(complex system)を取り上げる。「複雑系」という言葉は、耳にしたことがある方も多いはずだ。いまから40年ほど前、1984年に米国で複雑系研究のためのサンタフェ研究所が設立された。その主張がメディアを通じて広く紹介されたことで、1990年代の日本でも複雑系(あるいは複雑性[注1])ブームが起きた。一匹の蝶の羽ばたきがめぐりめぐって大きなインパクトを生み出す「バタフライエフェクト」などが、その一例だ。
実はこの30年近くの間に、世界の複雑系研究は著しい進展を遂げている。しかし率直に言って、当時の複雑系に関わる言説は、「小さな変化が大きなものを生み出す」「変化の行き先は誰にもわからない」といった、一種のメタファーに留まっていたように見える。
実際、同分野の世界的な研究者であるニューヨーク州立大学ビンガムトン校の佐山弘樹教授も、筆者との取材の中で「現代科学として発展してきた複雑系への理解は、十分ではない」という趣旨のことを述べられている。
複雑系とは、端的に言えば「さまざまな要素の相互作用によって形成されるシステム」のことを指す。たとえば、気候や天候の変動、生物・生命の生態や進化、人間の脳、細胞、電力網、交通システム、情報システム・ソフトウェア、電気システム、都市などの社会的・経済的なシステム、さらには企業・市場などの経済システムは、いずれも「多様な要素の相互作用」で成り立っている。この意味で、これらはすべて複雑系の範疇で捉えることが可能だ。
言うまでもなく、こうした多様な要素間の相互作用全体を厳密に捉え、モデル化することは容易ではない。しかし一方で、一見これらの異なる現象も、複雑系の視点からは、いくつかの明確な共通項で捉えることができるのだ。それは「非線形性」「フィードバックループ」「自己組織化」「創発」「相転移」などである。
筆者の理解では、現在の複雑系研究の発展の背景には、1990年代以降、同分野に2つの武器が備わったことがある。第1が、大規模データである。30年前の複雑系ブームは、根底に研究者の数理的な説明があったものの、それを検証するためのデータが乏しく、一般には単なるメタファーとして受け止められがちだった。しかし現在では、先に挙げたような気候のデータ、生体データ、都市データ、組織や市場のデータなどが、大規模サイズで入手できるようになり、複雑系の検証や解析が可能になってきた。
そして第2の武器が、連載第13・14回(前回・前々回)で解説したネットワークサイエンスの進展だ。冒頭で述べたように、複雑系研究の萌芽は、1970~1980年代にあった。しかし、当時は「複数個人の小さな行動などのミクロ現象が、なぜ時に社会現象のような大きなマクロ現象にまで昇華しうるか」という、ミクロ→マクロのダイナミズムを十分に説明できないことが課題だった。
だが、1998年にペンシルバニア大学のダンカン・ワッツらがスモールワールド・ネットワークを、1999年にノースイースタン大学のアルバート・バラバシらがスケールフリー・ネットワークのモデルを発表したことを契機に、このミクロ→マクロのダイナミズムを、ネットワークにおけるダイナミックな普及・伝播メカニズムとして捉えることが可能になったのである。
本稿では、世界で進展している複雑系の基本的な考え方を解説し、ビジネスへの示唆を探っていく。実際の複雑系研究は極めて高度、精緻で、数理的な側面も不可欠だが、可能な限り簡潔に、その基礎に絞って解説する。
本稿終盤で述べるように、複雑系の含意を理解することは、我々のビジネスへの示唆も非常に大きい。なぜなら複雑系こそが、「マネジメント層が、なぜ企業をうまく制御できないのか」を、明確に説明しうるからだ。それどころか複雑系はある意味で、現代経営学の考え方そのものを否定しかねないことも明らかにしよう。だからこそ逆説的だが、複雑系は、今後の未来のビジネスを見通すうえで、強力な思考の軸になりえるはずなのだ。



