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スーザン・マッケンティ・ブレイディ、スチュワート D. クライマン、レスリー C. スミスは、新著All the Difference: Six Leadership Actions to Bridge Perspectives, Strengthen Teams, and Create Value (未訳)の中で、チームのメンバー間の「違い」は価値を生み出す原料になりうるが、その原料を活かすためにはリーダーが活用の仕方を心得ていなくてはならない、と指摘する。本稿は、書籍の一部を抜粋して修正を加えたものをお届けする。
多くの組織がメンバーの多様性を活かせていない
今日、あらゆる面で組織の多様性が途方もなく高まっている。世代や文化、業務機能の専門分野、教育水準、政治的な考え方、そして最近はテクノロジーおよびAIとの関わり方がさまざまなメンバーにより、職場のチームが構成されることが当たり前になっている。
チームのメンバーが地理的に分散して働くことが当たり前になり、メンバーが抱く期待も一様でなくなってきている。しかも、変化のペースは加速する一方だ。リーダーは、世界に対する見方が異なる人々を束ね、複雑さを増すばかりの問題を解決し、不確実性の高い状況で迅速に行動することが求められている。しかし、いま多くの組織では、働き手たちの間に存在する「違い」から最大限の価値を引き出すことができていない。
違いがあることそのものが問題なのではない。多くの場合、違いは、イノベーションと適応、意思決定の改善と問題解決能力の向上を生む。問題は、人間には摩擦を起こさずに違いに対処する能力が備わっていないことだ。意見が衝突したり、基本的な前提が揺さぶられたり、緊張が高まったりした時、リーダーは往々にして、いくつかの典型的な落とし穴にはまってしまう。
そうした落とし穴にはまると、信頼と協働と仕事のパフォーマンスがじわじわと低下する。筆者らはこの現象を「リーダーシップの地雷」という言葉で表現している。目に見えない力学により、善意で行動しているリーダーでも成功への道筋から脱線してしまう場合があるのだ。
以上のような認識は、これまで筆者らがさまざまなタイプのリーダーやチームに助言してきた経験に加えて、筆者ら3人が一緒に仕事をしてきた経験を通じて見出したものだ。
本稿の筆者の一人であるスミスは、世界でも屈指の難しい環境で40年近くにわたり兵士たちを指揮してきた。2人目の筆者であるクライマンは、キャリアを通じて、企業が社運のかかる重要課題に対処し、協働を実践し、問題を解決するための手助けをしてきた。そして3人目の筆者のブレイディは、企業幹部向けのコーチ、そしてあるリーダー育成機関のCEOとしてキャリアを築いてきた。
3人は、専門分野と経験、ものの見方がまちまちだ。そうした3人が一緒に仕事をする経験を通じて学んだことがある。それは、リーダーたちが熟考して善意で行動していたとしても、人によって同じ状況の解釈がまったく異なる可能性があるということだ。
そのような経験は、筆者らの最良の思考の源になった。「違い」が機能不全の原因になるとは限らない。価値が生み出されるか、価値が失われるかを決めるのは、私たちが違いにどのように対処するかなのだ。
こうした「地雷」について知ることは、違いを摩擦の源ではなく、価値の源に転換するための最初の一歩となる。
リーダーを脱線させる4つの「地雷」
確信
おそらく最もよく見られる「地雷」は確信だ。私たちは、自分の認識が唯一の正解であり、対立する見解は間違いだと決めつけがちになる。
リーダーは、誰でも身に覚えがあるだろう。たとえば、チーム内で戦略をめぐり議論が持ち上がり、一人の幹部が積極果敢な投資を主張すると、別の幹部がコストの抑制を主張する。あるいは、一人のメンバーが迅速な行動を主張し、別のメンバーが慎重な行動を主張する。そうなると、議論がアイデアの探索の場ではなく、誰が正しいかという競争の場に変容してしまうのは、時間の問題だ。
問題の原因は、人によって、どのような情報に注目し、どのような経験を土台に思考し、どのような思考様式で状況を解釈するかが異なるという点にある。善意で行動する知的な人物が同じ状況を異なる視点で見て、異なる結論に達することもありうる。
筆者らは以前、ある幹部チームに助言したことがあった。そのチームのメンバーの一人、アッシャーは、計画立案のための会議で次の四半期の数値目標について集中的に議論すべきだと、強く訴えた。しかし、ジェンというメンバーは、もっと将来を見据えて、長い目で見て会社を成長させるための戦略立案について議論すべきだと考えていた。アッシャーとジェンは2人とも自分が正しいと確信していて、相手が間違っていると決めつけていた。








