21世紀の複雑な課題に立ち向かうには、根本的な理念が必要である
サマリー:『ウォール・ストリート・ジャーナル』誌で「世界ナンバー1の経営思想家」に選ばれ、『コア・コンピタンス経営』や『経営の未来』でも知られるロンドン・ビジネススクール客員教授ゲイリー・ハメル氏の著書『経営は何をすべきか』(原著2012年、翻訳2013年発行)。本書においてハメル教授は、未来と人間に適した組織を築くための「マネジメントの刷新」を提言し、その実現に向けて立ち向かうべき5つの重要な課題と視点を提示している。本連載では、本書で明かされるハメル教授の問題意識と5つの課題、それを補完する視点を再編集してお届けする。今回は、5つの課題の一つである「理念」を持つことの重要性について語られた一節を紹介する。

あなたの企業では「理念の革命」が始まっているか

 ギャラップが2010年に実施した調査によると、経営者の倫理意識を「高い」「きわめて高い」と評価したのは、全回答者のわずか15%にすぎなかった(最高は看護師の81%、最低は企業ロビイストの7%だった)。このような信頼の欠如は、資本主義の存続にとって大きな脅威となる。企業は、奪うことのできない権利を神から授けられているわけではない。企業の権利は社会がつくったものであり、社会がその気になればいつでもつくり替えが可能なのである(この事実は、アメリカで2002年のサーバンス・オクスリー法と2010年のドッド・フランク法という、企業の権利を大幅に制限する法律が成立したことにより、明白になった)。

 幸い、理念の革命はすでに始まっている。誰も、経営者が啓示を受けるのを待ってなどいない。これを物語る統計がある。2005年から2010年にかけて、アメリカにおける運用総資産はわずか3%しか増えなかったが、「社会的責任」ファンド(社会的投資フォーラム基金の定義による)への投資は34%も伸びたのだ。今日では、25兆ドル超の運用総資産の8分の1が社会性の高いファンドに投じられている。

 革命の兆候はこれだけではない。10年前には、クルマ関係の雑誌にCO2(二酸化炭素)排出量が掲載される例は皆無だったが、現在では、少なくともヨーロッパではたいがい掲載されている。いまや「フェアトレード」は、10年前とは打って変わってマーケティング上の売りになる。経営者の報酬に注目が集まっているのも、10年前とは様変わりした点である。

 以上を踏まえると、あなたと所属組織は、「理念の革命で先頭に立つか、それとも後れを取るか?」というシンプルな問いを突き付けられている。詐欺師まがいのCEOや強欲な銀行家をこき下ろすのは容易だが、あなたや私はどうだろうか。自分のことを棚に上げて他者には望ましい行いを期待する、というわけにはいかない。一部の経営者は他の人々よりも大きな倫理上の問題を起こしているが、資本主義の倫理が地に堕ちるのを防ぐ責任は、私たち全員が負わなくてはいけない。

 アダム・スミスからアイン・ランドにいたるまで、資本主義を擁護する人々は、各人が思いのままに自己の利益を追求すると、公共の利益が最大になると主張した。私もそのとおりだと考えているが、ひとつ重要な注意点がある。核分裂と同じく自己利益もまた、格納容器があって初めてうまく機能するのだ。ここでの格納容器とはつまり、見識にもとづく自己利益が見境のない身勝手へと溶融(メルトダウン)するのを防ぐ倫理原則である。残念ながら、ビジネスの世界の地下水は現在、倫理の欠けた自己中心的な人々からの流出水のせいでひどく汚染されている。

 親は子どもを社会に適応させるために凄まじい努力や熱意を傾ける。反抗期のティーンエイジャーは、学校をやめてガールフレンドと同棲するのが自分の利益に最もかなうと思うかもしれないが、親はおそらく別の考えを持っているだろう。このように、子どもが自分の人生を守れるよう育てるのが、親の役目なのである。

 難しいのは、企業の経営者や幹部は、自分と家族の人生だけでなく、もっと遥かに広範な対象に道を誤らせない責任を負う点である。ところが近年では、企業リーダーの多くがこれら守り手としての責任を無分別に逃れている。このような有様だから、経営層への信頼が地に堕ちたのである。

 そこで、本書を読み進める前に、「自分は本当に責任を果たしているだろうか?」と振り返っていただきたい。

1. 忠誠:忠誠の面ではどうだろうか。遺言執行人と同じように、委託を受けたという自覚を持っているか。

2. 慈善:慈善面ではどうだろうか。子どものために犠牲を払う親と同じように、他者のニーズを優先する意思があるか。

3. 思慮深さ:思慮深さはどうだろうか。環境保護主義者と同じように、自分が受け継いだ遺産を守り、価値を高めていく責任を自覚しているだろうか。

4. 説明責任:説明責任はどうだろうか。船長と同じように、自分が生み出す波紋、つまり、自分の判断によって遠方で生じるさざ波への責任を自覚しているだろうか。

5. 公平性:公平性の面ではどうだろうか。良心的な仲裁者と同じように、全員にとって最も公平な結果を見つけようと熱心に取り組んでいるだろうか。

 これが実際問題として何を意味するのか考えあぐねているなら、助けになりそうなヒントを出そう。私は長年、ロンドン・ビジネススクールの2年生を対象に教鞭を執り、各学期末の最終講義でアドバイスを贈るのを慣わしとしていた。

 MBA過程を終えた後、最初の仕事に就くときには、以下の5つが真実だと想定しておくように、と説いたのである。

 第1に、未亡人である自分の母親が、一生の蓄えをこの会社に投資している。母親は唯一の株主で、他に資産はいっさいない。この状況では、あなたは母親が安心して幸せな老後を送れるよう、あらゆる手を尽くすに違いない。だから、将来の繁栄を犠牲にして目先の利益を追求しようなどとは、夢にも思わないのである。

 第2に、上司は兄または姉である。この場合、あなたは上司にいつも敬意を払っているが、必要だと思ったときは迷わず直言し、決してへつらうようなことはしない。

 第3に、部下たちはみな幼なじみである。あなたはいつでも彼らの行いを好意的に解釈して、進歩を助けるためにできるかぎりのことをする。ただし、必要なら、友人どうしは互いへの責任を果たすものだと念を押す。決して、相手を人的「資源」として扱わない。

 第4に、会社の主な顧客はほかならぬ自分の子どもである。あなたは彼らを喜ばせ、満足させたい。ということは、「顧客を欺いたり、巧みに利用したりすべきだ」と言うような相手とは徹底的に意見を戦わす。顧客から搾取するなどありえない。

 第5に、あなたには自立できるだけの経済力がある。働くのは、そうしたいからであって、必要に迫られているからではない。だから、昇進を勝ち取ったり、業績レビューで高評価を得たりするために、誠実でない行いをするなどということは断じてない。妥協するくらいなら会社を辞めるだろう。

 このような前提で行動すると、職業人生のなかで「ビジネスを長く守り育てよう」という意識を培い、同時に、自分が手本となることによって他者にもこうした意識を芽生えさせるのに役立つだろう。

 21世紀ならではの複雑な課題と格闘するうえでいま何よりも重要なのは、これまでも一貫して重要だったもの、つまり、根本的な理念だということを思い起こすとよい。

ゲイリー・ハメル教授、ダニエル・ゴールマン博士ら登壇
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生き残るために取り組むべき5つの課題
『経営は何をすべきか』

[著者]ゲイリー・ハメル
[翻訳]有賀 裕子
[内容紹介]
ウォール・ストリート・ジャーナル誌が選ぶ世界ナンバー1経営思想家であり、『コア・コンピタンス経営』『経営の未来』で有名なゲイリー・ハメル氏。同氏がグローバル社会において求められるマネジメントとは何か。混沌とした状況で、いま、そして今後、何を指針としていくべきか。経営の大家が送る渾身の提言。

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