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私の知っているスティーブ
1985年の終わりだった。私が責任者を務めていたルーカスフィルムのコンピュータ部門には買い手がつかず、もはや選択肢が残されていないように思われた。コンピュータ・イメージングにほんのわずかでも興味のあった相手からの「探り」はすべて完了していた。ゼネラルモーターズとは契約寸前で破談になっていた。そこに彗星のごとく現れたのがスティーブ・ジョブズだった。
会議中、彼の弁護士に脇へ呼ばれ、冗談まじりに(だと思うが)“スティーブ・ジョブズ・ローラーコースター”に乗るんですね、と言われたのがこの頃だ。そしてそのとおりになった。なんと波乱万丈だったことか。
私はスティーブと26年間一緒に仕事をした。いろいろな人がいろいろなふうに彼のことを書いているが、どの描写も私の知っている彼とは似ても似つかない。皆がこぞって彼の極端な一面や、難しい否定的な性格ばかりを取り上げていることに苛立ちを募らせてきた。頑固で、自分の理想を揺らぐことなく頑なに貫き、譲歩や心変わりを一切せず、人を脅してまでも自分のやり方を押し通そうとする人、として描かれる。若手経営者だった頃の彼のふるまいについて繰り返し書かれる逸話の多くはおそらく本当だろうが、全体的な人間像はそれとはまったくかけ離れている。実際には、私が知っている数十年の間に、スティーブは大きく変わった。
最近「天才」という言葉が乱用されるが、スティーブに関して言えば、正当だと思う。それでも、知り合ったばかりの頃は、無愛想で人を軽蔑するような態度をよくとった。人々が書きたがるスティーブの一面だ。彼のように、「普通」から大きくかけ離れた人を理解することは難しい。極端な一面を取り上げたがる人は、そのほうが話として面白いからであり、暴露話らしいからだろう。しかし、そうした人々にスティーブのことを語らせていては、もっと大事なことが伝わらない。
私とスティーブが一緒に仕事をしていた間に、彼は、二つの企業を劇的な成功に導いた人が得るだろう実践経験を身につけただけでなく、人にごり押しするのをどこでやめるか、あるいは、必要なときには相手を追い込みすぎないように押す知恵を身につけた。公正で賢明になり、パートナーシップに対する理解を深めた。それは、ロリーンとの結婚と、愛する子どもたちとの関係に依るところが大きい。そうして変化を遂げながらも、イノベーションに対するこだわりは捨て去るどころか、ますます堅固なものになった。それと同時に、己を知った思いやりのあるリーダーになっていった。私はこの点でピクサーが一役買ったと思っている。
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謙虚さと心理的安全性でピクサーを率いた創造的組織づくりの秘密
『新・ピクサー流 創造するちから』
[著者]エド・キャットムル、エイミー・ワラス
[翻訳]石原 薫
[内容紹介]カリスマ性ではなく謙虚さと心理的安全性でピクサーを率いた「静かなリーダー」が創造的組織づくりの秘密を語る。あのスティーブ・ジョブズと鬼才ジョン・ラセター、三人でタッグを組んで、ピクサーを唯一無二のエンタテイメント企業に押し上げた、その歩みと努力、試行錯誤のすべてが詰まった完全版であり最終版。







