どうすれば部下のやる気に火を点けられるのか
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サマリー:どうすれば人のモチベーションに火をつけられるのか。リーダーシップ論の大家、ジョン・コッター教授いわく、マネジメントが人を正しい方向へ押すのとは対照的に、動機づけと触発は、人間としての基本的な欲求が満たされるところに働くという。寓話『北風と太陽』をモチーフに、悩めるマネジャーとメンターの対話とともにリーダーシップ論を学ぶ連載、第12回。

報酬だけでモチベーションに火は点くか

 リーダーシップとマネジメントでは、人を動かすメカニズムに歴然とした違いがあることを、前回の対話を通じて認識した。

 既存のシステムの運営を続けるための「マネジメント」は、指揮命令系統やさまざまな仕組みを用いて人を動かしていく、極めて機能的な営みである。コッター教授はそれを「ハードで、冷めたもの」と性格づける。一方、その枠の外にあるリーダーシップは、「ソフトで、熱い」とコッター教授が言う通り、「動機づけと触発」により、一人ひとりが自発的に動き出せるように支援していくものだ。

 その点は理解できたのだが、社長でも何でもない一介の管理職の私が、どうやったら人を動機づけ、触発できるのか、具体的なイメージが湧かなかった。そんな私にメンターは問いを投げかけた。

「どうやったら、人のモチベーションに火を点けられると思う?」

「最初は、その人の好きな仕事や得意な仕事を担当させるのがよいかと思いました。でも、それでは組織は回らない。とすると、報酬が一番明快なのではないかと。やった分だけ報われる、というのは立派な動機づけではないですか?」

「たしかに報酬は外的な動機になるし、けっしてないがしろにはできない。でも、リーダーシップの動機づけは、内的なものなの」

解説:極めて人間的な「自発性の引き出し方」

 どうすれば人のモチベーションに火をつけられるのか。この点について、リーダーシップ論の大家、ジョン・コッター教授はこう述べています。

「動機づけと触発によって、人はエネルギーを得る。ただしそれは、統制の仕組みのように、正しい方向へ押しやることによってではない。達成すること。どこかに属していること。認められること。自尊心。自分の人生を自分の手で動かしているという感覚。そして、自分の理想に沿って生きられること──そうした人間としての基本的な欲求が満たされることによってだ。この種の感情は、私たちの奥深くに触れ、力強い反応を呼び起こす」[注1]つまり、マネジメントが人を正しい方向へ押すのとは対照的に、動機づけと触発は、人間としての基本的な欲求が満たされるところに働く、ということです。コッター教授がここで挙げた6つの基本的な欲求について、2つの束に分けて詳しく見てみましょう。

 まず、最後の2つ、「自分の人生を自分の手で動かしているという感覚」「自分の理想に沿って生きられること」については、実は、これまで語ってきたリーダーシップの本質の中に示されています。

 リーダーシップは、理想に向けて、いまある状況を大きく変えていく旅路です。連載第5回で、優れたビジョンは一人ひとりが自分の仕事と理想を結びつける際の補助線になる、と紹介しました。ビジョンを自分ごとにできた時、昨日まで一作業にすぎなかったものが、理想に沿って生きる営みに変わるのです。

 しかも、コッター教授の言う通り、正しい方向へ押しやられるのでも、無理やり引きずり込まれるのでもない。自分の意思でその旅に加わるのです。まさに、自分の人生を自分の手で動かし、理想に向かって生き始めることにほかなりません。

 まさに、リーダーシップの第1ステップ(方向性の設定)、第2ステップ(人の向きを揃える)自体が、人々の動機づけと触発になるのです。

 一方、前半の4つ(達成、帰属、承認、自尊心)を読み解くには、心理学者アブラハム・マズローの有名な「欲求5段階説」が良い地図になります[注2]。

 マズローによれば、人の欲求には段階があります。土台から順に、(1)生理的欲求、(2)安全の欲求、(3)愛と帰属の欲求(周りに受け入れられたい)、(4)承認の欲求(価値ある存在として認められたい)、そして頂点に(5)自己実現の欲求(可能性を最大限に発揮したい)の5つです。

図表:マズローの欲求5段階説
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マズローの欲求5段階説

 下の段の欲求が満たされて初めて上の段が顔を出す、との理解が一般に受け入れられていますが、その順序への批判や実証的な裏付けの乏しさが指摘される面もあります。とはいえ、私たちが肌感覚で知っていることを、うまく言い当ててはいます。

 たとえば、(3)愛と帰属の欲求や(4)承認の欲求が満たされない状態、すなわち、「ここは自分の居場所なのか」という孤独や「自分は価値ある存在なのか」という不安を抱えている時、人は前に進む力を失います。逆に、受け入れられ、貢献を認められた時、人は(5)自己実現の欲求へと向かいます。エネルギーに満ちた状態で、「やってやるぞ」と自発的に動き出すのです。

 優れたビジョンを示し、そこに向かって人の向きを揃える。日々の仕事を、皆で向かう理想へと意味づける。そして、人の帰属の意識を育み、承認していく。仲間として敬い、頼り、感謝し、その人がいかに大切な存在であるかを、明示的に伝えていく。

 まるで、機関室に帰属や承認という薪をくべ、本人みずから灯そうとする火を大きくし、全力で走り出す状態をつくるようなもの。それがリーダーシップの人の動かし方──コッター教授が教える、極めて人間的な自発性の引き出し方なのです。

* * *

 基本的な欲求が満たされることはどれほどのインパクトをもたらすのか。メンターは一例として、あるビジネスパーソンの話を語り始めた。

・自分の想いと会社の求めるものとのズレに苦しんでいる人がいた。何の手ごたえも持てないまま、最後は体を壊して退社した。しばらくして別の企業に加わると、様子が一変した。きっかけは「帰属意識と承認」だ。新しい会社から「実力もさることながら、あなた自身と一緒に働きたい」と誘われ、社会に自分の居場所があったことを思い出した。さらに、前職時代は埋もれていた特殊な知識や知見が得難いものと周囲に認められ、感謝と称賛のシャワーを浴びた。気づけば、自己実現に向けてみずから精力的に走り出していた。

 その気持ちは、よくわかる気がした。人は承認され、褒められたらやる気になる。

「しかし、人は慢心する生き物でもあります。持ち上げるだけでは、たるんでしまうのではないでしょうか」

「ただ褒めるだけならね。あるマネジャーも褒めるばかりで部下をつけ上がらせてしまったと感じていたのだけど、ある時、改善してほしいことを素直に伝えたらうまく回り始めたの。建設的なフィードバックを与えることは重要よ」。ひと呼吸置くと、メンターは続けた。

「あとになって、そのマネジャーが打ち明けてくれたわ。以前はメンバーとの心理的距離を詰めるのが怖かった、褒めることでその溝をうやむやにしようとしていた気がする、って」

 私はドキッとした。この時代、熱を伝えるのは古くさいと諦めていたし、ハラスメントのリスクや世代間のギャップもあり、ある程度の距離が生じてしまうのは仕方ない。そう思って、私もメンバーたちと無意識に距離を置いていた。結局は、組織の階層とシステムに頼ったまま、マネジメント的手法で何とかしようとしていた。つまり、部下の自発性がないと嘆いていながら、自発性には効かないマネジメントだけを突き詰めようとしていたのだ。

 マネジャーとしての私は、旅人を温めみずから動くように仕向ける太陽ではなく、むしろ、力で動かそうとする北風だった。昭和のパワハラ型ではないにせよ、旅人の意志ではなくシステムに頼ってコートを脱がそうとしていたのだから。言わば令和の北風か……。

 とにかく、何かを大きく変えなければならないような気がした。とはいえ、目の前のマネジメント業務に忙殺されて、そんな余力は湧き上がりそうもない。疲れた顔をした私にメンターは問うてきた。

「そこが肝心ね。マネジャー自身のモチベーションに火を点けるにはどうしたらいいと思う?」

【注】
1)"Motivation and inspiration energize people, not by pushing them in the right direction as control mechanisms do but by satisfying basic human needs for achievement, a sense of belonging, recognition, self-esteem, a feeling of control over one's life, and the ability to live up to one's ideals. Such feelings touch us deeply and elicit a powerful response." John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990. より、筆者訳。なお、同論文の邦訳は「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号。
2)「欲求5段階説」は、心理学者アブラハム・マズローが1943年の論文で示した動機づけの理論。A. H. Maslow, "A Theory of Human Motivation," Psychological Review, 50(4), 1943, pp.370-396. のちに著書で展開された。Abraham H. Maslow, Motivation and Personality, Harper & Brothers, 1954.(邦訳『人間性の心理学――モチベーションとパーソナリティ』小口忠彦訳、産業能率大学出版部)。各欲求の名称は日本で慣用となっている訳語であり、原論文の節名はそれぞれ "the 'physiological' needs" "the safety needs" "the love needs" "the esteem needs" "the need for self-actualization"。このうち承認(esteem)の欲求には、他者から認められることを求める側面と、自己の強さや達成に根ざす自尊の側面の、2つの下位セットがある(前掲論文 p.381)。本稿の(4)は、慣用に従い前者を代表させた名称であり、本文で引いたコッターの言う「自尊心」は、より後者に対応する。コッターが挙げた6つのうち残る2つについても、「自分の人生を自分の手で動かしているという感覚」は、この自尊の側面にマズローが含めた「独立と自由」に通じ、「自分の理想に沿って生きられること」は、頂点の(5)自己実現の欲求に通じる。なお、広く知られるピラミッド型の図はマズロー自身によるものではなく、後年の解説者らによる図式化である。また、階層の順序についても、マズロー自身が「固定的なものではない」と原論文で明記している(前掲論文 pp.386-389)。

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