「データに基づく意思決定」は
もはや競争優位の常識である
ビッグデータの活用がビジネスの世界で注目されている。経営にデータを用いること自体は、昔から行われているはずである。今起きているビッグデータの潮流は、従来のIT化の流れと本質的に何が違うのか。経営者はこの時代、何を知るべきなのだろうか。
「勘と経験」から「合理的な」意思決定へ
丸山 宏 (まるやま ひろし)
統計数理研究所 副所長
1983 年東京工業大学理工学研究科情報科学専攻修士課程修了。工学博士。日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所所長、同社執行役員、東京工業大学客員助教 授(兼務)、キヤノン株式会社デジタルプラットフォーム開発本部副本部長などを経て、2011年より現職。専門分野は、自然言語処理、XML、Webサー ビス、情報セキュリティ。
ブラッド・ピット主演の映画「マネー・ボール」をご存知だろうか? ブラッド・ピット演じる主人公のビリー・ビーンは、米国野球のメジャーリーグ、オークランド・アスレチックスのジェネラル・マネージャーである。彼のチームは、ヤンキーズやレッドソックスに比べて予算が少なく、有力選手を次々に引き抜かれてしまう。そこで彼のとった戦略は、後に「セイバー・メトリクス」として知られる、統計データに基づく意思決定である。
彼は、経験あるスカウトの意見に耳を貸さずに、あくまでも客観的に「チームの勝ち数に貢献する選手は誰か」という観点から、それまで野球界であまり重視されていなかった出塁率などの統計値に基づいて選手を起用する。怪我その他の理由で他チームから重視されておらず年俸の低い選手でも、出塁率が高ければ、つまり勝ち数に貢献するならば、その選手をチームに招いたのである。その結果、他のチームが同じ考え方に追いつくまでの数年間、アスレチックスは少ない予算のまま、黄金時代を築いたのだった。
ビジネスの世界で、今までの勘と経験に基づいた意思決定から、よりデータに基づく合理的な意思決定に変えていこうという動きが加速している。イアン・エアーズはその著書『その数学が戦略を決める』[1]の中で「我々は今、馬と蒸気機関の競争のような歴史的瞬間にいる。直感や経験に基づく専門技能がデータ分析に次々に負けているのだ」と述べている。政治の世界でも、2012年の米国大統領選挙では、オバマ陣営が高度なデータ分析に基づいて選挙戦を戦ったことが報じられている[2]。
「眠っているデータ」を有効に利用することで
ビジネス価値は飛躍的に高まる
今巷で流行している「ビッグデータ」は、このような「データに基づく意思決定」の延長上にあるものだ。ビジネスに広くITが浸透するにつれて、ビジネスプロセスの結果として、多くのデータが自動的に生成されている。だが、これらのデータの多くは、有効に活用されていないまま、眠っている。
米Harvard Business Review誌2012年10月号のビッグデータ特集号では、ソーシャルネットワークサービス、リンクトインの例が載っている[3]。リンクトインの経営陣は当初、どのユーザーどうしが知り合いか、機械によって分析することに興味を持っていなかった。ユーザーどうしのつながりはユーザーが一番良く知っていて、ユーザー自身が入力するもの、そしてリンクトインはそのためのプラットフォームを提供するものというのが、そもそものリンクトインのビジネスモデルだったからだ。しかし、2006年にリンクトインに入社したジョナサン・ゴールドマンは、ユーザーの職歴などのデータの共通性に注目し、「もしかしてこの人は知り合いでは」というサジェスチョンを出すようにした。この結果、リンクトインのユーザー数は急激に増えたのである。
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